北海道における先進農業技術のモンゴルへの移転の可能性と課題

松江 昭夫[ (社)北太平洋地域研究センター/専務理事]
相馬  暁[ 拓殖大学北海道短期大学環境農学科/教授]
土肥  紘[ 北海道立花・野菜技術センター/研修非常勤講師]
水野 直治[ 酪農学園大学短期大学部酪農学科/教授]
高田 喜博[ (社)北太平洋地域研究センター/研究員]
武田 志穂[ (社)北太平洋地域研究センター/研究員]
背景・目的

近年モンゴルでは低下した食糧自給率を高めるため、気候的に類似する北海道との農業技術交流の可能性を模索し始めている。北海道農業の発展とともに蓄積されてきた寒地型・クリーン農業技術を他の国や地域において積極的に活用することは、北海道が主体的になし得る国際貢献の一つである。また、その過程で得られた成果を還元させることは、北海道農業の将来に大きな意味を持つ。本研究の目的は、モンゴルと北海道との農業技術交流を促進し、研究成果の実用化を目指すことで、モンゴル農業の振興と北海道農業の発展に共に寄与することにある。

内容・方法

本研究で得られた知見は、2000年8月下旬にウランバートル市、ダルハン市およびその近郊農村地域で実施した現地調査に基づくものである。近年、ウランバートル市近郊では野菜畑が増加しつつあり、市場流通に対応した新しい流れが生まれ始めている。今回の調査は、栽培形態、経営形態を異にする複数の農場を対象に、ばれいしょを含む野菜栽培ならびに小麦生産の現況と課題を把握することを中心に進められた。また、耕種農業の再建によってもたらされる社会的・経済的効果についても農業部門を担当する政府要人、JICAの専門家等との意見交換を行い、公的あるいは民間ベースでの支援の必要性とその方向性を確認した。本研究ではこれらの調査成果を基に、実際にモンゴルへ北海道の農業技術を移転する際に予想される問題の所在を明らかにし、その解決策を講じた。さらに、北海道農業のさらなる発展のために、モンゴルから還元されうる事項についても検討を加えた。

結果・成果

本研究では、モンゴルの作物生産の具体的な改善策として、1.効率の良い農業用機械および機具を使用した集約的な栽培、2.秋まき小麦、ばれいしょ、野菜、地力培養用豆科緑肥を組み込んだ4年輪作体系の確立、3.節水栽培、保水性を高める土壌管理法の導入、4.土壌分析に基づいた施肥管理および堆厩肥を適切に活用した土づくりを提唱する。これらはまさに北海道で開発されてきた寒地型・クリーン農業の実践であり、これらを現地において普及することで、環境への負荷を軽減しながら作物単収の増量および品質の向上を図ることができると考えられる。
これを踏まえて、現在のモンゴルの耕種農業における幾つかの改革の必要性についてまとめてみたい。モンゴルでは、第一に、貴重な耕地の保全、短い夏の活用とその延長、少ない水の利・活用、強風対策、小麦増産を重点とする耕種農業への意識改革を促す必要がある。第二に、優良種苗供給体制の確立、育苗技術の革新、寒地型・クリーン農業技術の展開、作業機械類の効率化・軽量化、施設および施設栽培技術の見直し等により、野菜生産技術の改革が急がれる。第三に、野菜の通年的な需要拡大策や自給率向上保持への保護施策を整え、輸出向け作物を生産することで、野菜需給関係の改革も果たしていくことが望ましい。
モンゴルと北海道の農業技術交流の一環として、これらの改革を支援するにあたり、日本への研修生の受け入れやモンゴルへの技術者の派遣を円滑に進めるための体制作り、また現地に定着し易い技術移転のあり方を検討することが重要である。例えば、北海道の熟練農業技術者を派遣し、モンゴルで意欲的に耕種農業に取り組む現地の農業者と密な草の根交流を図りながら実践的な技術移転を行うことは、一つの可能性として考えていくべき課題である。この場合、モンゴルにおける平均的な経営面積規模のモデル農場を設置して、北海道の寒地型・クリーン農業技術をより現地に適応させながら普及することによって、その高い生産性を実証しながら効果的な技術移転を進めることが可能となる。
一方、モンゴルから北海道への還元事項としては、モンゴルにおける北海道の寒地型・クリーン農業技術の深化、あるいは煮食を中心とするモンゴルの野菜の消費形態や簡素な流通形態の移入等もあげられる。また、チャツァルガナなどの小果樹やその他の野生種については、遺伝資源としての導入や日本における今後の需要開発が期待されうるものである。さらに、モンゴルと北海道との間で、技術、生産資材および農産物の輸出入のシステムを整備し、産業としての確立を策することも検討していくべきである。

今後の展開

現在、モンゴル政府、研究機関から本研究成果を基礎として、モンゴルと北海道との技術・研究交流を早急に具体化したいという要請が寄せられている。北海道の寒地型・クリーン農業技術を適切な形でモンゴルへ移転するためには、病害虫防除や秋まき小麦栽培の可能性等に関して調査研究を継続するとともに、モンゴルへの農業生産資材の輸出等も検討していく必要がある。今後、このような交流の促進に必要となる公的支援も考慮に入れながら、モンゴルにおけるモデル農場の設置や北海道の熟練農業技術者の派遣等を軸とした実践活動に繋げていきたい。