GISを用いた大規模酪農地域の水質環境評価システムの開発
谷野 賢二[ |
北海道東海大学工学部/教授] |
鈴木 充夫[ |
北海道東海大学教育開発研究センター/教授] |
上瀧 實[ |
北海道東海大学工学部/教授] |
津村 憲[ |
北海道東海大学工学部/助教授] |
畑中 勝守[ |
北海道東海大学教育開発研究センター/助教授] |
柳澤 篤寛[ |
北海道東海大学学務部札幌学務課/上級技術員] |
福田 雅和[ |
(株)パスコ 札幌支店] |
松長 茂[ |
(株)環境保全サイエンス/代表取締役] |
河野 誠忠[ |
サロマ湖養殖漁業協同組合/技師] |
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背景・目的
道東の大規模酪農地域では、糞尿等の汚濁物質が河川や湖に流出し様々な環境問題・経済問題を引き起こしており、特に水質悪化に起因する漁業資源への悪影響が懸念されている。現在のWTO体制のもとでは、北海道酪農が高い国際競争力を維持するために経営規模を拡大することは重要ではあるが、規模拡大は多頭飼育を伴い、多頭飼育は必然的に大量の糞尿を発生させ、さらなる環境問題を引き起こすという悪循環に陥る危険性を孕んでいる。すなわち、規模拡大と環境問題はトレ−ドオフの関係にあると言え、これらを解決することが道東地区における地方自治体の重要課題となってきている。以上のような背景から、本研究は大規模酪農地域において問題となる「多頭飼育による酪農規模拡大→周辺水系の水質悪化→漁業への悪影響」という連関を、定量的に予測・評価するためのシステム開発を行うものである。
内容・方法
研究開発は以下のような内容・方法で実施する。
(1)GISを用いた周辺水系への汚濁物質流出量の推定
農林業センサスの集落地図と集落デ−タ及び第3次土地基盤整備基本調査等のデ−タをもとにGISデータを作成し、対象地域における汚濁物質の総生産量を集落単位で推計する。この結果と現地調査から、河川・湖沼などに流出する糞尿等の流出流量を推計するシステムを構築する。現地モデルとして、網走支庁サロマ湖周辺地域を対象とする。
(2)有限要素法による汚濁物質濃度分布の数値解析
現地観測ならびに(1)で推定された汚濁物質流量をもとに、サロマ湖に流入する河川の汚濁物質濃度を算定し、これを境界条件とする2次元非定常移流拡散の数値解析を有限要素法により実施する。解析結果から、サロマ湖における汚濁物質濃度の定量的な将来予測が得られ、これらをGISデータへと変換し次の評価システムへ渡す。
(3)GISを用いた水質評価と漁業資源への影響評価システムの構築
現地における漁業資源の生産性調査や水質調査をもとに、汚濁物質濃度分布と水産物への影響を調査する。この結果と先に得られた濃度分布の結果をもとにGISデータを作成し、生産性の分析や将来予測のためのシステムを構築し、水質変化の漁業資源への影響を評価・予測する。
結果・成果
本研究を通じて得られた知見は以下のとおりである。
(1) サロマ湖周辺三町における酪農の現状
1.サロマ湖周辺(湧別町、佐呂間町、常呂町)の畜産概況を1970年から95年の農林業センサスを利用して検討するとともに、農業集落地図と農業集落カードを利用してこれら3町の乳用牛、肉用牛、豚飼養頭数を集落別に地図上に示しその空間的特徴を検討した。その結果、浪速、幌岩、浜佐呂間の集落(いずれも佐呂間町)と常呂町の集落は、窒素年間排出量が10トン以下であることがわかった。その他の地域は30トン以上の窒素を排出していることが確認できた。
2.1995年以降の糞尿発生量を推定するため、佐呂間町を事例としてとりあげた。その結果、富武士と仁倉だけが窒素排出量が伸びており、その他は減少していることが分かった。
3.水質調査データと糞尿排出量の関係について重回帰分析を実施した結果、河川の汚染度と雨量ならびに家畜排出量との間には何らかの関係があると推測できた。
(2)サロマ湖および周辺河川の現状
1.サロマ湖は、1998年(平成10年)に全域的に発生した赤潮ならびに沿岸浅海域における貧酸素水塊の発生などの報告からもわかるとおり、全体が富栄養化に向かいつつあり、水質環境が悪化している現状が確認された。
2.全有機炭素含有率分布ならびに全有機窒素含有率分布の調査結果から、サロマ湖は底質環境の悪化も深刻化していることがわかった。従って、サロマ湖全体の環境は非常に深刻化していることが懸念されており、早急な対策が必要である。
3.しかしながら、酪農による水質・底質環境の変化とそれ以外の要因による変化を分離することは容易ではなく、現段階では酪農による糞尿等と環境悪化との因果関係を把握することは容易ではないものと考えられる。
4.サロマ湖に流入する河川の水質調査結果では、ほぼすべての調査項目において生活環境基準を大きく上まわる調査結果が得られており、調査を行ったすべての河川において水質の悪化が懸念されていることがわかった。
5.平成11年6月および8月のデータにおいて、トップシベツ川およびテイネイ川においてかなり大量の大腸菌群が検出された。この事実から、酪農の糞尿等が河川に流出しているものとの推測を裏付けるものであり、周辺水系に酪農による汚濁物質が影響を及ぼしていることが確認できた。
(3)サロマ湖における汚濁物質拡散の数値予測
1.流れの数値解析では、サロマ湖の平常時における流れ場は、潮汐残差流のような循環流が卓越した流れ場であることが確認できた。
2.サロマ湖に流入する河川の流量は、サロマ湖全体に比して非常に少なく、すくなくとも平常時には流れに対してほとんど寄与しないことが確認できた。
3.汚濁物質移流拡散解析では、非常に拡散しやすい物質が生活廃水のように定常的に流入する場合を除いて、ほぼ湖岸、湾などにのみ影響を及ぼすであろうと予測された。
4.すなわち、農業廃棄物(糞尿等)がサロマ湖に流入しても、ほとんどの場合、サロマ湖全体に汚染が広がるとは考えにくいと予想される。これは、サロマ湖が東西に22km、南北に13 kmという広大な面積を有しているため、その流れが非常に遅いことが原因であると考えられる。
(4)サロマ湖の漁業の概要
1.サロマ湖における漁業は、半分以上が養殖ホタテ・カキで占められており、ホタテ・カキ養殖漁場以外の沿岸部ではウニ漁業、小型定置網漁業、刺し網漁業などが営まれていることが資料より判明した。
2.したがって、数値解析結果が示すように流入河川から酪農による糞尿等が流入した場合には、これら漁業に対して何らかの影響を及ぼす危険があると予測できるが、現段階ではそれらを定量的に検討する資料が不足している。
3.湖の汚染と生息動物の関係については不明である。
今後の展開
本研究により得られる知見は多頭飼育による大規模酪農地帯における環境問題の深刻さを明らかにするばかりでなく、その対策としての酪農規模の調整指導、汚濁物質流失防止対策のための設備投資などといった行政指導や計画において、根拠や規範となる資料を提供することが可能となるものと考えられる。また、本研究により構築されるシステムは他の酪農地域にも直ちに応用が可能であり、道内酪農地域における環境アセスメントの一手法としても利用されるよう期待するものである。
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