天然化合物トウトマイセチンの生理活性とその構造/機能相関

菊池 九二三[ 北海道大学遺伝子病制御研究所/教授]
生方   信[ 富山県立大学生物工学研究センター生物反応化学研究室/教授]
及川  英秋[ 北海道大学大学院農学研究科応用生命科学専攻/助教授]
島    礼[ 北海道大学遺伝子病制御研究所情報調節分野/助教授]
三橋  進也[ 北海道大学遺伝子病制御研究所/非常勤研究員]
背景・目的

 トウトマイセチン(TC)は、ホスファターゼ(PP)阻害剤であるトウトマイシン(TM)同様、放射菌由来の抗生物質である。構造はTMと非常に類似している。そこで我々は、数種類以上のPP活性に対するTCの効果を明らかにし、またTCの免疫応答および細胞死に対する作用と機序を調べ、免疫抑制剤や抗ガン剤としての可能性を調べた。

内容・方法

(1)トウトマイセチン(TC)精製
TCは、生方らによって初めて構造が決定された抗生物質である。本研究では、その際用いられた放射菌株からTCの大量精製を行い、精製標品を得た。
(2)活性阻害
これまで、TMが唯一の比較的PP1に特異的な阻害剤であり、細胞内におけるPP1を特異的に阻害する目的で使用されることもあったが、その目的にかなうほどの選択性を有していないため、十分な信頼は得られなかった。本研究では、そのTMをコントロールとして、PPのサブタイプのうち主なものである1型、2A型、2B型PPの活性に対するTCの作用を調べた。
(3)細胞増殖および細胞死に対する作用
細胞培養時の培地に添加し、細胞増殖およびアポトーシスに対する影響を調べた。
(4)TCの構造/機能相関
TCの合成中間体を用いてTCとの酵素への拮抗を調べることにより、TCのどの部分が酵素との結合に重要かを考察した。

結果・成果

(1)活性阻害
TMをコントロールとした理由は、PP阻害剤の特異性は活性測定条件により変動することが知られていたからである。検討の結果、我々の条件ではPP1および2A型PP(PP2A)に対するTCのIC50は、それぞれ1.6nMおよび62nMであった。すなわち、TCはPP1に対し、PP2Aの約40倍の感度で特異的かつ強力に阻害することがわかった。この時TMの特異性は4.5倍程度であった。したがって、TCがPP1に対して最も高い特異性を有する唯一の阻害物質であることが明らかになった。一方、2B型PP(PP2B)には阻害効果を示さなかった。さらに加えて我々は、一般的などの条件下においても、TCのPP1特異性がTMに比してはるかに優れていることをも明らかにした。よって、現在まで報告されている約40種以上にのぼるPP阻害剤の中で、TCは唯一のPP1特異的阻害物質であることがわかった(文献)。
(2)細胞増殖および細胞死に対する作用
細胞培養時の培地に添加し、細胞増殖およびアポトーシスに対する影響を調べた。細胞は、白血球病由来細胞、線維芽細胞、肝癌細胞等、幅広く用いた。細胞増殖に対する影響は、トリパンブルー染色、[3H]チミジンの取り込みによる測定を行った。さらにアポトーシスに対する影響は、MTT測定法(生細胞のみ発色)、アガロース電気泳動等によるDNAの断片化の測定により観察した。その結果、24時間以内においては、細胞株特異的に効果があり、感受性の高い細胞では、アポトーシス、細胞周期に影響がみられた。それらの効果は同時に使用した他の阻害剤の効果と明らかに異なり、その分子機構の詳細は、現在、調査中である。
(3)TCの構造/機能相関
TCとTMは左側の構造が酷似している一方、右側の構造は異なっているといえる。これらの化合物が、PP1に対する親和性よりもむしろ、PP2Aに対する親和性の違いを示したことから、右側の構造がPP1に対する結合に大きく関与しないことが考えられた。そこで本研究では及川(北海道大学農学部)が合成したトウトマイシンの右翼部分(C1-C16)を用いて、TCとの拮抗性をテストし、C1-C16がPP1との結合にそれほど重要ではないことを確かめた。このことから、TM、TCの右翼部分は、PP1への強い結合より、むしろPP1とPP2Aの選択性の発揮に、より大きく寄与していることが明らかとなり、よって、より特異性の高いPP1阻害剤創成のためには、右翼部分の改変・置換が有効であることが示唆された。
(4)本研究での成果の発表
Shinya Mitsuhashi,・・・・・・・・・・・・・・Kunimi Kikuchi Tautomycetin is a novel and specific inhibitor of serine/threonine protein phosphatase type 1,PP1 Biochemical and Biophysical Research Communications 287,328-331(2001)

今後の展開

(1)PPの生理的意義の解析
PP2A阻害剤であるオカダ酸と、2B型PP(PP2B)阻害剤であるFK506とを併用することで、各種PPの生理的意義をより明確にできると考えられる。とくにPP1の役割を明らかにするために有用である。
(2)新薬としての可能性
PP2B特異的阻害剤であるFK506は早くから免疫抑制剤として臓器移植時に使用されている。またPP2Aのみに対して阻害作用を有する抗生剤フォストライエシンは抗ガン剤としての利用が期待されている。このような薬効作用は最近注目されてきており、今後はPP阻害剤の詳しい作用機序の解明および、より選択的な作用を示す新規の阻害剤開発が求められている。今後はTCの種々の細胞株への作用の結果を踏まえた後、さらに動物個体レベルの試験を指向したい。