「精巣とがん」にのみ発現する新しいヒト遺伝子D40を用いた癌の免疫遺伝子療法の開発

瀧本 将人[北海道大学遺伝子病制御研究所/講師]
佐原 弘益[札幌医科大学臨海医学研究所/助手]
千葉 逸朗[北海道大学歯学部/助手]
背景・目的

申請者らが見出したD40遺伝子は、正常組織の中では精巣に選択的に発現する一方で、癌においては、種々の組織由来の培養癌細胞にその発現が認められる。精巣にはHLA class?分子の発現が認められないことから、免疫学的に、D40遺伝子産物は癌に特異性の高い蛋白質(癌抗原)であると予想される。本研究では、多くのヒト原発癌でD40遺伝子が発現していること、D40蛋白質が癌患者に免疫反応を惹起することを示し、将来この遺伝子を用いた癌の免疫遺伝子療法を確立することを目的とする。

内容・方法

(1) ヒト原発癌におけるD40の発現検討(D40陽性癌患者の同定):外科手術により得られた原発癌組織急冷保存後、酸性グラニジウム・チオサイアネイト・フェノール・クロロホクム法に基づきTrizol試薬を用いて、癌組織約80mgより全RNAを分離・精製した。D40遺伝子に特異的なprimerを用いてRT-PCR法によりD40 mRNAを検出した。RNAのintegrityは、β-actinプライマーを用いてRT-PCRにてチェックした。RT-PCR産物の電気泳動により、D40陽性癌患者を同定した。
(2) 癌患者リンパ球からのD40特異的細胞障害性T細胞の検出:D40蛋白質のアミノ酸配列の中でHLA class?分子に結合すると予想されるpeptideを合成し、これとD40陽性癌患者リンパ球との間で混合培養(MLPC)を行った。これにより、D40に特異的な細胞障害性Tリンパ球(CTL:Cytotoxic Tlymphocyte)の誘導活性を検討した。

結果・成果

(1) ヒト原発癌におけるD40の発現
外科手術材料を用いたヒト原発癌におけるD40の発現頻度は以下の通りであった。すなわち、口腔癌:16例中10例(63%)、子宮癌:18例中8例(44%)、肺癌:20例中8例(40%)、卵巣癌:11例中4例(35%)、膵臓癌:11例中3例(27%)、神経膠芽腫:5例中1例(20%)、大腸癌:8例中1例(13%)、胆管癌:7例中0例(0%)、胃癌:4例中0例(0%)、セミノーマ:3例中0例(0%)であった。以上のように検討した多くの種類のヒト原発癌においてD40 mRNAの発現が認められ、D40の原発癌での発現は系統非特異的であることが示された。また、口腔癌、子宮癌、肺癌、卵巣癌では3分の1以上の症例において高頻度にD40の発現が認められた。胆管癌、胃癌、セミノーマではD40の発現は認められなかったが、これらは検討した症例数が少ないため、今後さらに症例を検討することで、D40陽性の症例も期待できると考えられる。
(2)癌患者リンパ球からのD40特異的細胞障害性T細胞の検出
D40の発現が陽性であった原発癌患者から、HLA A-24である患者について、患者リンパ球とD40ペプタイド、A24陽性C1R細胞との間でMLPCを行った。5種類のD40ペプタイドの内、3つをAグループとし、残りの2つをBグループとした(このうち一つは置換型)。一人の患者からのリンパ球は2つに分け、一方をAグループに対し、他方をBグループに対しMLPCを行った。約40名のD40陽性かつHLA A-24である患者について、MLPCを行った後、細胞障害性T細胞(CTL)の活性を検討したところ、4名の患者でBグループのD40ペプタイドについてCTL活性が検出された。しかし、AグループのD40ペプタイドについてはCTL活性が検出された患者は認められなかった。そこで、BグループのD40ペプタイド2つのうち一つをB1、もう一つをB2ペプタイドとし、CTL誘導活性を検討した。その結果、3名の患者からB2ペプタイドについて対するCTLを誘導する活性が検出された。B1ペプタイドについて対するCTLを誘導する活性はいずれの患者リンパ球においても検出されなかった。これらの患者のリンパ球からはB2ペプタイドについてCTLを誘導する活性が再現性をもって検出された。

今後の展開

今回検討したヒト原発癌においてD40 mRNAの発現が認められたことは、将来この遺伝子を用いた臨床におけるヒト癌の免疫遺伝子治療に応用できる可能性を示唆している。D40の免疫原性に関しては、本研究において検討したD40のアミノ酸配列に関する細胞障害性T細胞の誘導と検出は、検討した4つのwild typeのペプタイドに対しては認められなかった。しかし置換型ペプタイド一つに対して細胞障害性T細胞活性が検出された。今後さらにHLA A-24に結合する可能性の高い複数のD40ペプタイドを検討する必要がある。
その他、D40遺伝子がヒト原発癌で選択的に活性化されていることから、D40遺伝子のPromotorを利用した遺伝子治療ベクターの開発が期待できる。遺伝子治療への応用に関しては、生理的機能の未知な遺伝子よりも、機能の明らかとなっている遺伝子の方が安心して用いられ易い。この点、D40の精巣での生理的機能について今後明らかにしていくことが重要と考えられる。