黄色ブドウ球菌におけるマクロライド系抗生物質(Mac)耐性遺伝子には、主としてerm, msr, mphがある。ermはMacであるエリスロマイシンが使われ始めた1960年代に黄色ブドウ球菌から検出された耐性遺伝子で、Macの作用部位(細菌の23S rRNA)をメチル化し、多くの耐性菌が保有する遺伝子である。msr,mph遺伝子は近年報告された遺伝子で、耐性発現メカニズムの詳細は明らかではない。そこで、msr, mph遺伝子の耐性機構を解明し感染症対策に役立てることを目的とした。 内容・方法 臨床より分離された黄色ブドウ球菌由来で、3種の耐性遺伝子erm, msr, mphをコードするplasmid pMS97を用い、その遺伝子の解析を行う。plasmid pMS97(31kb)Mac耐性遺伝子をクローニングするため、plasmid pMS97をPstI消化し、耐性遺伝子を有するフラグメント(fragmentA:11kb)の塩基配列を決定した。fragmentA内に有する3つのMac耐性遺伝子erm,msr, mphの各open reading frame(ORF)を含むクローンを作成し、Mac耐性を調べた。耐性発現の測定は主にデイスク拡散法を用いたが、mph遺伝子についてはさらに各種Macの不活化活性により判定した。不活化実験は、培養菌液に各種Macを添加し一定時間培養し、遠心上清に残存する薬剤活性を、Micrococcus luteusを指示菌として阻止円の大きさにより不活化活性を判定した。 結果・成果 臨床患者より分離された黄色ブドウ球菌由来で、Macに誘導型耐性を示すplasmid pMS97は、従来から報告されてきた耐性表現型と異なっていた。そこでpMS97を制限酵素PstIで消化し、得られた一番大きな fragment (fragment A)の塩基配列を決定したところ、5'末端側からmsr(msrSA), mph(mphBM), erm(ermGM)3つの耐性遺伝子が存在していた(Accession numberAB013298, AB014481)。msrとmphの間は342bp、mphとermの間は536bpあり、msrとermのORF上流には両者で異なる leader peptide(msr では MTASMRLK、erm ではMGNCSLFVINTVHYQPNEK)が存在していた。これら3つの耐性遺伝子が、黄色ブドウ球菌の中でどの様に耐性発現に寄与しているかを知るために、各耐性遺伝子を含むクローンを作成した。耐性遺伝子をPCRで増幅しT-vectorへクローニングした後、シャトルベクターpND50へサブクローニングしelectroporationによりS. aureusRN4220へ形質転換した。msr及びermのクローン(S.aureus4220/pND501及びS.aureus4220/pND503)では、それぞれの遺伝子が単独でMac耐性を発現していた。すなわちS. aureus4220/pND501ではエリスロマイシンとオレアンドマイシンによりに誘導型耐性を示し、S. aureus4220/pND503ではエリスロマイシンのみにより誘導型耐性を示した。一方、mphのクローン(S. aureus4220/pND502)は耐性発現が認められず、上流のmsrが存在するクローン(S. aureus4220/pND5012)で初めて不活化活性を発現した。このことより、mph遺伝子の発現にはmsr遺伝子プロモーターの存在が必要と思われる。また塩基配列結果より、mph遺伝子は大腸菌で報告されてきたマクロライドリン酸化遺伝子と約50%のホモロジーを示していた。しかし、不活化活性測定実験において必ずしもATPを必要としない結果が得られており、リン酸化以外の不活化活性の可能性も考えられる。S. aureus 4220/pND503におけるerm遺伝子は、今迄に報告されてきたerm遺伝子とは異なり、新しいclassのerm methylaseであることが塩基配列より明らかとなった。 今後の展開 最初の抗生物質ペニシリンが量産されるようになって50年が経過した。現在200種類もの抗生物質が開発され多用された結果、それぞれの抗生物質に耐性を持つ菌が出現した。その代表にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が挙げられる。MRSAにおいてはerm遺伝子は勿論のこと、近年になってmsr遺伝子も検出されるようになってきた。恐らく近い将来mph遺伝子をも獲得しその結果として現在有効なMacに対しても耐性度を増すことは想像に難くない。出来得ればこれら全ての耐性遺伝子を獲得する前に遺伝子の耐性発現機序および獲得機構、協調作用を完全に解明すことで、耐性菌の蔓延防止に寄与出来ることを願っている。 |