TAT融合蛋白を利用した癌治療薬の開発
樋田 泰浩[北海道大学医学部附属病院/医員]
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背景・目的
癌に対する新しい治療法として主にアデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療が行われているが、多くの問題点が指摘されており、より安全な治療分子のベクターが待ち望まれている。
申請者は、癌抑制遺伝子産物(蛋白)を直接癌細胞に導入しアポトーシスを誘導することに成功した。この蛋白は11アミノ酸(YGRKKRRQRRR)をp53蛋白のN末端に付加したもの(TAT-p53)で、この11アミノ酸TATが担体となり濃度依存性に細胞膜を通過する。
申請者はさらにp53蛋白のリン酸化部位のアミノ酸を換えることによりTAT-p53よりも強力なアポトーシス誘導蛋白の作成を試みた。
内容・方法
TAT融合蛋白の精製
pRSET(Invitrogen)プラスミドに合成オリゴヌクレオチドを挿入し、His tagのC末端側にYGRKKKRRQRRRの11アミノ酸配列を持つ基本プラスミドベクターpTATを作成した。このベクターのEcoRV部位に野生型p53と変異型p53全長をそれぞれ挿入し、pTAT-p53wtとpTAT-p53dnを作成した。さらにp53リン酸化部位S15,S20,S46をDあるいはAに置換した変異型pTAT-p53も作製した。これらを大腸菌株BL21(DE3)pLysSに導入しIPTGで組換え蛋白合成を誘導した。大腸菌抽出液をニッケルアフィニティーカラムで精製し、TAT融合蛋白TAT-p53融合蛋白を得た。10%ポリアクリルアミドゲルで電気泳動後、PVDF膜に転写し抗p53抗体で発現を確認した。
バイオアッセイ
癌細胞への導入、転写活性、癌細胞増殖抑制、アポトーシスの誘導を検討した。
結果・成果
癌細胞への導入
FITC-celiteでTAT融合蛋白の標識を行った。コントロールとしてBSA蛋白を同様のプロトコールで標識した。FITC標識したp53が悪性膠芽腫細胞株LNZ308細胞内に観察された。
TAT-p53の転写活性
TAT-p53の転写活性を確認するためにルシフェラーゼアッセイを行った。96穴プレートに104個の細胞を撒き、翌日BAXプロモーターにファイヤーフライルシフェラーゼを連結したプラスミドとレニラルシフェラーゼ発現プラスミドを共導入した。24時間後にTAT融合蛋白を添加し24時間後に細胞抽出液を回収しルシフェラーゼアッセイを行った。LNZ308にTAT-p53を添加した群でルシフェラーゼ活性が用量依存性に上昇した。細胞内の導入されたTAT-p53がp53の転写活性を持つことが確認された。ルシフェラーゼ活性が用量依存性に上昇したことから、投与量によりp53標的遺伝子の発現量を制御できることが示唆された。
増殖抑制効果
増殖抑制効果をみるためにMTSアッセイを行った。96穴プレートにLNZ308細胞を10000個撒き、TAT融合蛋白0,25,50,100,200,400nMを添加し、72時間後にアッセイを行った。他に悪性膠芽腫(LN827)、膵癌(MiaPaca-2)、大腸癌(DLD-1)、肝癌(HepG2,HLF,HLE)、乳癌(MDA-MB-231,-435S)、卵巣癌(TTOV,TLOV)、子宮頸癌(HeLa)、前立腺癌(PC-3)、悪性骨肉腫(Saos-2)由来のヒト癌細胞株を使用した。これらの細胞株は400nMのみを添加し72時間後にアッセイを行った。TAT-p53wtによる増殖抑制率をTAT-p53wt/TAT-p53dnで算出した。LNZ308細胞はTAT-p53wtの濃度依存性に増殖が抑制された。その他の細胞株も400nMで全て増殖抑制を認めた。
アポトーシスの誘導
次に、増殖抑制がアポトーシスによるものかを判定するためにFACSを行った。TAT-p53,TAT-p53dnに加えて、15番目、20番目、46番目のアミノ酸セリン(S)をグルタミン酸(D)に置換したTAT-15D-20D,TAT-15D-20D-46Dをアッセイに用いた。アポトーシスの誘導はTAT-p53,TAT-15D-20D-46Dで最強で、TAT-15D-20Dでは弱かった。15番目、20番目のアミノ酸の置換は予想に反して、TAT-p53融合蛋白の活性を弱めた。しかし、46番目のアミノ酸の置換により活性はTAT-p53と同等になった。
今後の展開
TAT-p53の活性を高めるために15番目、20番目、46番目のアミノ酸セリン(S)をグルタミン酸(D)に置換した融合蛋白を合成し、15番目、20番目の置換は活性を抑制し、46番目のアミノ酸の置換は活性を高めることが示唆された。現在、46番目のアミノ酸のみを置換した融合蛋白を作成中であり、アッセイを行う予定である。
損傷関連遺伝子DINE(Damage Induced Neuronal Endopeptidase)は新規の膜一回貫通型メタロプロテアーゼである。現在までにDINEは末梢・中枢神経損傷後に鋭敏に発現応答する分子であること、細胞死防御活性を有することが明らかになっている。各種神経障害モデルにおける詳細な検討や基質の探索、DINE特有の機能の解明が現在の課題となっており、本研究ではこれらの点に焦点を当てて解析を行った。
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