障害神経修復へ向けての分子メカニズムの解明
瀬尾 寿美子[旭川医科大学医学部/助手]
|
背景・目的
損傷関連遺伝子DINE(Damage Induced Neuronal Endopeptidase)は新規の膜一回貫通型メタロプロテアーゼである。現在までにDINEは末梢・中枢神経損傷後に鋭敏に発現応答する分子であること、細胞死防御活性を有することが明らかになっている。各種神経障害モデルにおける詳細な検討や基質の探索、DINE特有の機能の解明が現在の課題となっており、本研究ではこれらの点に焦点を当てて解析を行った。
内容・方法
(1) 坐骨神経損傷モデルを用いたDINEの解析
組織学的検討
DINEの基質候補であるニューロペプチドが豊富に存在する坐骨神経損傷モデルを用いて後根神経節におけるDINE発現細胞を同定しニューロペプチドとの2重染色を行った。
神経損傷後のDINEの発現制御
DINE遺伝子3’上流領域にルシフェラーゼを結合させたアデノウイルスを作製し、後根神経節の器官培養に感染させプロモーターアッセイを行った。また栄養因子やサイトカインによるDINEプロモーター活性の変化を検討した。
(2) DINE発現細胞におけるシグナリング
Cre/loxP系を用いたアデノウイルスの作製
Cre/loxP系を用いてDINEアデノウイルスを作製した。これにより時間空間的なDINEの発現制御が可能となった。
DINEを介した細胞内シグナル伝達経路
分化PC12細胞を用いてNGF除去後の細胞生存率をDINE過剰発現細胞とそうでない細胞とで比較した。この時のDINEを介するシグナリングを検討する目的で、主要なシグナル伝達経路に属する分子群のリン酸化の変化をウエスタンブロットにて比較した。
結果・成果
坐骨神経損傷モデルにおける発現
DINEは坐骨神経損傷後TrkA陽性小型細胞に発現する他、これ以外の一部の小型細胞や中型細胞において顕著に発現増加した。このような発現様式を示す分子として神経損傷関連遺伝子であるニューロペプチド、ガラニンや神経再生のマーカと考えられているGAP-43が挙げられる。そこでガラニンとDINEの2重染色を行ったところ、ガラニン陽性細胞の80%程度がDINEの発現と一致することが明らかとなった。GAP-43に関しては既にガラニンと共存することが報告されていることから、DINE、ガラニン、GAP-43は深い相関関係を持つと示唆される。
さらに我々は坐骨神経損傷後のDINE発現制御を検討する目的で後根神経節器官培養を用いてDINEプロモーターアッセイを行った。BDNFやNGF、GDNFなどの栄養因子は培養上清に添加してもDINEプロモーター活性に変化は認められなかった。一方、LIF、CNTF、IL6などのgp130を受容体とするサイトカインではプロモーター活性が有意に上昇することが明らかになった。これらサイトカインはガラニンをはじめとするニューロペプチドの発現上昇を担う分子であることが既に報告されており、このような点でもDINEはガラニンと共通の神経損傷応答性を有することが示された。加えて、このようなDINEプロモーター活性の上昇はgp130中和抗体を添加することで抑制されることから、坐骨神経損傷後DINEが発現促進するメカニズムの一つとしてgp130を経由するシグナル伝達経路の活性化が重要な役割を果たすことが明らかになった。
DINEのシグナリング
Cre/lop系を用いてDINEアデノウイルスを作製し、分化PC12細胞に感染させた。分化PC12細胞からのNGF除去は神経細胞のアポトーシス実験で最もポピュラーなモデルとして知られているが、このときDINEを過剰発現させるとNGF除去後のアポトーシスが防御されることが明らかになった。またこの時DINE過剰発現細胞ではG蛋白からFAKを経由してMAPkinaseへとシグナルを伝えることも明らかとなった。すなわち、分化PC12細胞においてDINEのプロテアーゼ活性により修飾を受けた基質がその受容体を介して細胞内へとシグナルを伝えた結果であると考えられる。このようなシグナル経路は一般にニューロペプチドによって活性化されることが報告されており、このようなことからもDINEがガラニンあるいは未知のニューロペプチドをプロセッシングしている可能性が示唆された。
今後の展開
近年DINEの属するファミリー分子がAPP分解酵素でありアルツハイマー病と密接な関係があることが明らかとなった。このようにプロテアーゼはタンパクレベルで細胞内のホメオスタシスを維持しているものと考えられる。
末梢・中枢神経障害後に鋭敏に発現応答するDINEが障害を受けた神経細胞のホメオスタシスに極めて重要な役割を果たしていることは疑いがない。今後DINEの基質探索を続けるとともに神経細胞死防御以外に軸索伸展活性なども考慮に入れ、中枢神経損傷後の修復に向けて研究を発展させる予定である。
|