骨粗鬆症におけるMIFの役割の検討と治療への応用

小野寺  伸[北海道大学医学部附属病院/医員]

背景・目的

骨芽細胞の産生するコラゲナーゼは骨の正常なリモデリングや病的な骨吸収において重要な役割を果たす。マクロファージ遊走阻止因子(以下MIF)は近年各種炎症性疾患のメディエータとして再評価されており、我々は初代培養マウス骨芽細胞がMIFmRNAを強く発現している知見を報告しているが、骨の発生やリモデリングにおけるMIFの作用は全く不明であった。そこで本研究ではラット骨芽細胞を用い、MIFの機能を主としてコラゲナーゼ誘導能の点から検討し、さらにコラゲナーゼ誘導におけるMIFの細胞内情報伝達経路を明らかにすることを目的とした。なおコラゲナーゼはラットではマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)-13に相当する。

内容・方法

生後1日齢の新生ラット頭頂骨をコラゲナーゼ処理して得られた細胞をラット初代骨芽細胞として実験に用いた。Rat recombinant MIFを10μg/ml添加し、細胞を一定時間後に回収してノーザンブロット、ウエスタンブロット、in-vitroキナーゼアッセイ、および正リン酸ラベリングを用いて以下に関し解析を行った。
(1)MMP-13、その内因性インヒビターであるTIMP-1、1型コラーゲン、c-jun、c-fos、およびGAPDHのmRNA発現。
(2)MIFにより誘導されるMMP-13 mRNA発現増強に対する各種の細胞内情報伝達阻害剤の効果。
(3)細胞内タンパクのチロシンリン酸化とSrcのキナーゼ活性、および活性欠失型Cskの過剰発現がMMP-13誘導におよぼす効果。
(4)MAPキナーゼ(ERK1/2,JNK,p38)リン酸化
(5)c-Junのリン酸化、およびリン酸化を受けない変異型c-Jun(JunAA)発現マウスより採取した骨芽細胞におけるMIFによるMMP-13誘導。

結果・成果

(1)MIFは10μg/mlの濃度においてMMP-13 mRNAの発現を著明に誘導した。この作用は生理的な骨芽細胞MMP-13誘導因子であるPTH(10-8M)より強力であり、PMA(10-6M)より弱かった。TIMP-1 mRNAもMIFにより0.1μg/mlから濃度依存的に若干誘導された。コラーゲンmRNAレベルは不変であった。MMP-13 mRNAのMIFによる誘導はラット滑膜繊維芽細胞でも同様に認められたが、rodentの骨芽細胞株MC3T3-E1およびUMR-106では認められなかった。MMP-13 mRNAの誘導に先立ち、c-junとc-fosのmRNAの一過性誘導が認められた。
(2)新規タンパク合成阻害剤(cyclophosphamide,3.6μM)はMMP-13誘導を抑制したが、indometacin(10μM)は抑制効果を示さず、内因性PG合成はこの経路に関与していないことを示唆した。プロテインキナーゼC阻害剤(staurosporineおよびH-7、各10-100mMおよび1-10μM)およびサイクリックAMP依存性キナーゼ阻害剤(H-8,1.5-15μM)はMMP-13誘導に影響を与えなかった。チロシンキナーゼ阻害剤(genistein,100μM)はMMP-13誘導体を著しく抑制した。Srcファミリー選択的チロシンキナーゼ阻害剤(herbimycin AおよびPP2,各1μMおよび50μM)も著しく抑制したが、EGFレセプター型チロシンキナーゼ阻害剤(tyrphostin A25,10-100μM)は抑制効果を示さなかった。c-jun/activator protein-1(AP-1)阻害剤(curcumin,1-10μM)も著しい抑制効果を示した。
(3)MIFによりいくつかのタンパクのチロシンリン酸化および、Srcの自己リン酸化が生じたが、Srcタンパクの量的変化は生じなかった。キナーゼ活性欠失型csk導入アデノウイルスベクターのtransfectionにより、非刺激時およびMIF刺激時のMMR-13 mRNAレベルは著しく亢進したが、この効果はコントロールベクター導入細胞では認められなかった。
(4)MIFはERK1/2のリン酸化を促進したが、p38とJNKのリン酸化に対しては影響を与えなかった。MIFにより誘導されたERK1/2のリン酸化はPP2とhebimycinAにより抑制され、これがSrcファミリーの下流で制御されていることを示唆した。MIFによるMMP-13の誘導はERK1/2の上流に位置する98059の特異的阻害剤(PD98069,5-25μM)により抑制されたが、p38の特異的阻害剤(SB203580,1-20μM)では抑制されなかった。
(5)MIFはc-Junのリン酸化を促進し、このリン酸化はPD98059により抑制されたが、SB203580では抑制されなかった。またMIFによるc-junおよびc-fos mRNA誘導も、PD98059により抑制されたがSB203580では抑制されず、MIFによるc-Junリン酸化がMMP-13誘導に重要であり、かつこのc-Junリン酸化およびc-jun・c-fos転写はERK1/2の活性化を介することを示唆した。

今後の展開

 本研究の結果およびMIFがマウス骨芽細胞のRANKL(破骨細胞分化誘導因子)発現を誘導する等の知見(投稿準備中)より、MIFの骨吸収因子としての作用は明白である。現在MIFの生成を抑制するMIFアンチセンス遺伝子を発現するアデノウイルスベクターの効果を検討中であり、原発性骨粗鬆症や慢性関節リウマチの傍関節部といった全身性・局所性骨吸収疾患に対し、このベクターの応用により、1.骨吸収病態におけるMIFの関与の解明、2.骨量改善を目指した治療的側面からの検討等を目指し研究を継続中である。