家畜のウイルス抵抗性因子の同定と機能・発現解析

浅野  淳[北海道大学大学院獣医学研究科/助手]

背景・目的

ウイルス感染による家畜の疾病は、畜産業の生産性を低下させる大きな要因の一つである。最近、細胞内に侵入したウイルスに対して、遺伝子転写・タンパク質合成を阻害するタンパク質(プロテインキナーゼR、Mxタンパク質など)を発現して抗ウイルス作用を示すことが明らかになりつつあり、ウイルス感染予防への応用が注目されている。しかし家畜では、上記のような宿主由来抗ウイルスタンパク質の機能はほとんど不明のままである。そこで申請者は、畜産業の主要な家畜であるブタにおいて、宿主由来抗ウイルスタンパク質の一次構造を決定し、さらにウイルス抵抗性機能を検討したい。

内容・方法

(1)ブタプロテインキナーゼR、Mxタンパク質遺伝子の同定
ブタ株化培養細胞を用い、インターフェロンαで刺激した後、細胞のRNAを分離する。既に報告されているマウスプロテインキナーゼR(PKR)、Mxタンパク質遺伝子の各塩基配列を参考にしてプライマーを作製してRT-PCR法を行い、各遺伝子を単離・同定する。

(2)抗ウイルス活性の検討
上記の同定・分離した遺伝子をそれぞれ真核細胞用の発現ベクターpCIneoに導入し、これを用いて細胞培養系で強制発現させる。その後、実際にインフルエンザウイルスをはじめとするRNAウイルスを感染させて、ウイルス増殖に対する影響を調べる。

(3)ブタPKR、Mxタンパク質遺伝子の発現調節機構の検討
1で同定した遺伝子の発現レベルを、ブタ株化培養細胞を用いてノーザンブロット法、あるいはRT-PCR法により検討する。また、インターフェロンαによる発現レベルの調節の有無も併せて検討する。

結果・成果

(1)ブタMx遺伝子の解析
ブタ腎細胞株PK(15)とLLC-PK1を用いてブタMx遺伝子のクローニングを行った。ブタMx1遺伝子のコード領域を、データベースに登録されている塩基配列(accession number:M65087)を参考にしてRT-PCR法で増幅し、クローニング後塩基配列を比較した。すると、PK(15)由来のMx1遺伝子はカルボキシル末端側の11塩基が欠損しており、フレームシフトがおこる結果カルボキシル末端がLLC-PK1由来のMx1タンパク質より23アミノ酸残基多くなることがわかった。一方、Mx2遺伝子の塩基配列はコード領域の5'側が報告されていなかったので、5'-RACE法を用いて未知領域の塩基配列の決定を行った。その結果、予想されるMx2タンパク質は389アミノ酸となり、アミノ酸数がMx1の約半分であることがわかった。ブタMx1とMx2のアミノ酸レベルの相同性は59.9%であったが、アミノ末端の配列が大きく異なることがわかった。しかし、ブタMx2のアミノ末端はヒトMxBタンパク質のアミノ末端と相同性が高かった(49.4%)。クローニングしたMx1,Mx2cDNAを用いてPK(15)、LLC-PK1細胞におけるMx遺伝子の発現をノーザンブロット法を用いて解析したがいずれの細胞においても、インターフェロン誘導剤のPoly(?)poly(C)刺激後にMx1,Mx2mRNAレベルが大幅に高くなった。
次にブタMx遺伝子をBALB/c3T3細胞に導入し、安定発現クローンを選択したのち、GFP(Green Fluorescent Protein)遺伝子を持つ組み換え水疱性口内炎ウイルス(VSV)を感染させた。感染細胞数を蛍光顕微鏡下で計測し、遺伝子導入の影響があるかどうかを検討した。Mx遺伝子導入細胞は、無処置細胞や空ベクターを導入した細胞に比べて有意に感染細胞数が減少していた。しかし、PK(15)由来Mx1遺伝子導入細胞と、LLC-PK1由来Mx1遺伝子導入細胞との間には、有意な感染細胞数の差は見られなかった。一方、Mx2遺伝子導入細胞の感染細胞数は、無処置細胞や空ベクターを導入した細胞と同程度であった。

(2)ブタPKR遺伝子の解析
ブタPKR遺伝子の全長を5'-RACE方と3'-RACE法を用いてクローニングした。その結果全長は約2.2kbで、タンパク質レベルにおいてヒトPKRとは61.5%、マウスPKRとは54.7%、ラットPKRとは53.4%の相同性があることがわかった。

今後の展開

本研究において、ブタMx1タンパク質が抗ウイルス作用を持つことが初めて示された。今後Mx1遺伝子の発現増強メカニズムをより詳細に解析して、人為的にMx1遺伝子を誘導することが可能になれば、家畜のウイルス感染予防に有効な手段になる可能性があると思われる。
Mx1遺伝子のフレームシフト変異はVSV感染抑制に影響を与えなかったが、他のウイルス感染に対する影響も検討して抗ウイルス作用の総合的な検証を行う必要がある。また、本研究で同定したPKR遺伝子については、Mx遺伝子と同様多型検索や抗ウイルス作用の検討を行う必要がある。