トキソプラズマ原虫の鉄結合性蛋白質レセプターの解析
田仲 哲也[北海道大学大学院農学研究科/助手]
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背景・目的
トランスフェリンファミリー蛋白質であるラクトフェリン、トランスフェリン、オボトランスフェリンはそれぞれ哺乳類、鳥類などの生体内に分泌される分子量約80,000の鉄結合性蛋白質である。そこで本研究の目的は、トキソプラズマのラクトフェリン、トランスフェリン、オボトランスフェリンレセプターを解析する事によって、原虫の鉄代謝機構を解明することである。さらに本研究の成果は、生体内に含まれるこれらの蛋白質を利用する事によって、抗生物質とは異なった新しい抗原虫病治療薬やワクチンの開発へつながるものと期待できる。
内容・方法
トキソプラズマとラクトフェリン、トランスフェリン、オボトランスフェリンとの相互作用はそれぞれの蛋白質にBiotinを導入したBiotin化したラクトフェリン、トランスフェリン、オボトランスフェリンを用いて以下のように行う。
(1)トキソプラズマのトランスフェリンファミリー蛋白質レセプターの同定
トキソプラズマ溶解物を用いたFar Western blot法によって各種蛋白質と反応する虫体関連分子を同定する。さらに、鉄飽和度の異なる各種蛋白質による虫体に対する結合の強さやパターンの違いを比較する。
(2)トキソプラズマのトランスフェリンファミリー蛋白質レセプターに対する糖分子の結合能
単糖を用いた阻害実験により、各種蛋白質に結合する糖分子が、トキソプラズマと各種蛋白質の結合に関与するか否かを検討する。
(3)トキソプラズマのトランスフェリンファミリー蛋白質レセプターのN-末端配列決定及び質量分析
免疫沈降法により、トキソプラズマ細胞上に存在する事が確認された各種蛋白質受容体分子を分離し、その分子のN-末端配列決定や質量分析を行う。
結果・成果
トキソプラズマ、クリプトスポリジウムなどの原虫感染による動物の被害は、世界的規模に及び、動物産業界に甚大な被害を与えているのみならず、人畜共通感染症として公衆衛生上の重要な問題となっているが、完全な予防・治療法は確立されていない。その主な理由は原虫が宿主である家畜及び人と同じ真核生物であるために殺原虫作用物質の多くが宿主細胞に対して毒性を持つこと、及び原虫が宿主の免疫系を逃れる種々の回避機構を有しているためであり、飛躍的な発想の転換による研究の新展開が求められる。
そこで、我々は "1. 背景・目的" で述べたようにトキソプラズマ原虫の鉄結合性蛋白質に対するレセプターを解析するために、Far Western blot法によって鉄結合性蛋白質とトキソプラズマ原虫の結合性について実験を行った。その結果、ウシラクトフェリン、ウシトランスフェリン、オボトランスフェリンは互いにトキソプラズマ中の同じ可溶性蛋白質に結合すること、その分子量は約40kDaであった。さらに、鉄飽和度の違いによるそれぞれの蛋白質の虫体蛋白質に対する結合能の変化は認められなかった。また興味深いことに、トランスフェリンレセプターを持つことが知られているトリパノソーマ原虫を用いて同様な実験を行ったところ、ウシラクトフェリン、ウシトランスフェリン、オボトランスフェリンは互いにトリパノソーマ中の同じ分子量約40kDa付近の2つの蛋白質と結合することが分った。これらの結果から、同じ原虫であっても、鉄結合性蛋白質に反応する蛋白質は原虫の種類によって異なることが分った。
現在は、これら鉄結合性蛋白質の原虫由来蛋白質に対する結合の特異性、糖鎖関与の有無、結合蛋白質の分離・同定について検討を行っているところである。
今後の展開
原虫病は感染症の中で大きな割合を占めているが、抗生物質が無効であることから、治療薬の新規開発が切望されている。本研究が目指しているように、トキソプラズマに対するトランスフェリンファミリー蛋白質レセプターを解明し、虫体の鉄代謝機構を解明する事は生体内に含まれるトランスフェリンファミリー蛋白質の新たな生物活性の発見という意義に限らず、原虫病制圧に有効な抗原虫病治療薬の開発といった応用面での意義も大きい。特に本研究で用いるラクトフェリンは牛乳から比較的容易に分離できる材料であり、かつ付加価値の高い製品への応用が可能である事から、生物資源の有効利用にもつながるものと考える。
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