人工衛星リモートセンシングによる海氷の厚さ・体積情報抽出法の確立

舘山 一孝[(株)オホーツク流氷科学研究所/研究員]

背景・目的

近年、地球温暖化傾向が社会的に問題になり、北極海の海氷の薄氷化が注目され始めている。大気−海洋相互作用において、海氷は熱・物質交換を制限する重要な役割を持っており、海氷の薄氷化が地球環境に与える影響は多大である。こうした背景で、我が国は身近に凍る海であるオホーツク海を抱え、海氷を研究する場に恵まれてきたが、オホーツク海全域の氷厚変動は明らかになっていない。
衛星搭載マイクロ波放射計データは、唯一過去にさかのぼって現在の氷厚と比較することができ、特に昼夜・天候を問わず毎日のデータが取得できる。この利点に着目し、船舶の実測データと比較することで、氷厚の推定を試み、データセットを開発した。

内容・方法

宇宙開発事業団の航空機搭載型マイクロ波放射計AMRによるサロマ湖・オホーツク海南部の観測データと、米国の軍事気象衛星DMSPの7チャンネルマイクロ波放射計SSM/Iのデータを使用した。氷厚実測データは、1996年から1998年の2月に行われた海上保安庁の砕氷船「そうや」による観測データを使用した。このデータは海上技術安全研究所と北海道大学低温科学研究所が図1に示すオホーツク海南部北海道沿岸域において、航行中海氷の破断面をビデオカメラで連続撮影し、その後手作業によって氷厚を読取ったものを提供して頂いた。そうやの実測データからは10cm以下の薄い氷のサンプルデータが得られなかったため、10cm以下の薄い氷のデータはADEOS衛星の高性能可視近赤外放射計AVNIR(Advanced Visible and Near Infrared Radiometer)を用いた。
これらのマイクロ波データと氷厚実測データを比較して、統計的手法から氷厚推定式を求めた。

結果・成果

氷厚推定にあたって、Cavalieri(1994)によって開発された一年氷より若い氷の種類を判別するパラメータPR(Polarization Ratio)の氷厚識別性能を検討した。その結果PRの氷厚識別性能は本研究の必要とする基準を満たす高い値を示したが、厚さ10cm程度の新生氷と30cm以上の厚い氷との混同が目立った。この問題を解決するために、航空機搭載マイクロ波放射計AMRのサロマ湖・オホーツク海観測の結果から、新たな氷厚識別パラメータR37V/85Vを開発し、薄い氷と厚い氷との混同を解消することに成功した。サロマ湖氷上ではマイクロ波放射計チャンネルの周波数が高くなるにつれて湖氷の厚さや積雪の有無といった表面状態の違いに対する観測される輝度温度の変動が大きくなっていく傾向が見られた。また、新生氷の検出には低周波の水平偏波が最も適していることがわかった。これらの海氷のマイクロ波特性を利用して新規にパラメータを開発し、氷厚情報の抽出に成功した。
以上の結果から、PRとR37V/85Vを用いた多重回帰解析から得られた氷厚推定式によって求めた推定氷厚と実測氷厚の関係は、相関係数は有意水準95%で0.81、標準偏差は14cmという高い値が得られた。本研究で検討したPRとR37V/85Vを組み合わせて精度の高い氷厚推定式を得られた理由として、PRが全体的に氷厚識別能力が高いことと、R37V/85Vではニラスといった新生氷と厚い氷の間でコントラストが大きいなど両者の利点の相乗効果で精度が向上したと考えられる。
本研究の成果から、今後も引き続きアルゴリズムの改良が必要とされているものの、初めてオホーツク海の氷厚を面的な時系列データとして得ることができた。現在処理が終わっている1991年12月から2001年4月に関してはCD-ROMにデータを保存して試験的に配布を行っているので興味のある方は連絡を頂きたい。CD-ROMに掲載されているデータは、毎日の氷厚分布及び密接度分布、オホーツク全体の海氷面積、体積、平均厚さ、平均密接度、欠測点数の時系列である。近い将来、北見工業大学のWebサーバを通じて準リアルタイム(3日前)の氷厚分布データを配信する予定である。

今後の展開

本研究で開発した氷厚データセットから、気候モデルの精度向上やブライン排出量を計算して明らかにされることが期待される。現在は気象庁や北海道大学、ワシントン大学、アラスカ大学の研究グループにデータの提供を行っており、各方面との協力でデータセットの精度向上を図っている。
他の海域への応用として、オホーツク海と同様の手法でベーリング海の氷厚データセットを開発した。現在他の検証用データと比較中であるが、現時点で良い結果を得ている。多年氷を含む海域への適用には解決すべき問題が多く、現時点では本研究の氷厚推定は季節海氷域限定となっている。北極海に展開中のブイや潜水艦、船舶等の実測データを収集して多年氷の氷厚推定を行うことは今後の課題である。