夕張岳高山帯の昆虫相

福本 昭男[夕張市議会事務局/事務局長]

背景・目的

夕張山地は、海底の造山運動により隆起して生成した、地質学的に古い興味ある山地であるが、現在でも登山ルートが少なく、動植物の調査は十分とは言い難い。
この山地で、登山路が整備されている夕張岳は、蛇紋岩に象徴された特殊植物の研究が盛んで文献も多く、固有植物も多く発見され、さらに、エゾナキウサギの南西限の生息地として極めて重要である。しかし、同岳の昆虫類については、蛾類を除き、まとまった研究報告が無い。
昨今、登山者が激増し、環境破壊が進む中で、環境指標としての昆虫の調査研究は緊急の課題である。特に高山帯の生息状況の把握は、ユーラシア・サハリン・カムチャツカ・北米等との関連において重要である。
本研究は、「夕張岳高山帯」の昆虫相を、調査時期、方法、環境、垂直分布等の観点から調査研究を進め、同岳の昆虫部門における研究の遅れを補完しようとして実施した。

内容・方法

過去の夕張岳の昆虫調査・研究では、高山帯を生活の本拠地とする高山蛾が発見されており、また、環境庁の指標及び特定昆虫が見いだされている。本研究では、調査時期、方法及び調査地域の拡大(亜高山帯〜高山帯)により、さらに多くの知見を得ることを目的として実施した。具体的な調査の内容及び方法は、次のとおりである。
(1)調査時期:盛夏(7月)から初秋(9月)まで年4回
(2)調査の方法:捕虫網による日中のランダムな捕獲、ピットフォールトラップ、ライトトラップによる捕獲
(3)調査地域の選定:1.ダケカンバ帯(亜高山帯)、2.ミヤマハンノキ等低木林帯(亜高山帯)、3.ハイマツ帯上部(高山帯)に区分した。また、生息環境も池沼、渓流、湿原、岩場、風衝地等異なる地域を選定して実施した。
(4)生態写真の撮影とスライドの作成
(5)標本の作製・整理・保存:肉食昆虫は、腐敗防止の処理をし、蝶、甲虫等は、各々展翅板、展足板を使用して整形し、標本箱に収めた。
(6)標本の同定:双眼実体顕微鏡の利用、各種図鑑等の利用、北海道大学低温科学研究所の小木嘱託員ほかの指導により正確を期した。
(7)採集品目録の作成:採集品の整理・同定が終わり次第、採集品目録を作成した。

結果・成果

(1)調査地域
亜高山帯から高山帯の状況を把握するため、概ね次の3箇所を設定した。
1.ダケカンバ帯(亜高山帯)〜石原平から望岳台付近
2.ミヤマハンノキ等低木林帯(亜高山帯)〜ガマ岩付近
3.ハイマツ帯上部(高山帯)〜お花畑から頂上付近
(2) 各地域の調査結果
1.ダケカンバ帯(亜高山帯)
本地域は標高1350m前後の地域で、平成9年の調査では環境庁の特定昆虫であるオオルリオサムシが採集されたが、この地点より上部では確認できなかった。
捕虫網による一般採集では、1996年に国内では初めて北海道で発見されたチョウ目のオオモンシロチョウが石原平で得られたのは興味深い。道内で発見後、急速に道内を席巻し、今では、ほぼ全道から採集記録がよせられているが、亜高山帯からの発見は初めてであり、地中海からヨーロッパを原産地とする本種の拡散振りとその生活力の旺盛さを垣間見る思いであった。半翅目のコエゾゼミは、調査期間中鳴き声をよく聞いたが、1000mをこえる頃から少なくなり、亜高山帯では鳴き声を確認できなかった。
2.ミヤマハンノキ等低木林帯(亜高山帯)
ガマ岩の付近にある、小規模なひょうたん池からは、オオルリボシヤンマとアキアカネの幼虫を確認したが、成虫は低地から高山に達するものばかりではなく、気象条件の厳しい亜高山帯で発生を繰り返しているグループのいる可能性を示唆するものである。
また、同池ではトンボの成虫をみる機会が少ないが、オオルリボシヤンマと思われる個体1頭を目撃したほか、亜高山帯から初記録のオオトラフトンボ1♀を得たのは興味深い。夕張岳では、平地に多いアキアカネとノシメトンボが山麓部から高山帯にかけて多いが、標高が高くなるとともにノシメトンボの数を減ずる。
また、このあたりからチョウ目ハマキガ科のミヤマヒロバハマキが見いだされるが、本種は、いまのところ国内では夕張岳と、低地ながら高山帯と同様な環境の根室支庁管内の低地湿原にのみ見いだされるものである。
3.ハイマツ帯上部(高山帯)
標高1400m位から上部の地域で、今回の調査で最も重要な地域である。主として点灯による夜間採集を行ったが、乾電池を電源とする6W蛍光灯を2本使用して調査に当たった。
濃い霧に覆われた夜間の採集では、おびただしい数の蛾が飛来し、種類も多く、大きな成果を上げることができた。このうち亜高山帯以下、平地にも分布する種も多数飛来したのは意外であった。
この調査では凡そ30年振りに高山蛾のアルプスヤガの生息を確認したほか、同じく高山蛾のソウンクロオビナミシャクのほか、アルプスギンウワバが多数採集された。また、アルプスギンウワバが標高640mのヒュッテでも得られたが、夕張岳における食草・生態の解明が今後の課題である。
昼間の捕虫網によるランダムな一般採集では、1400mの木道上でミヤマアカネを採集したことは初の高山帯の採集例として特筆に値する。同種は、平地では主に流水域に生息する。同種はサハリンにも分布する寒冷地に適応したトンボである。

今後の展開

特に力点をおいた夜間採集は、3度にわたり実施した結果、7〜8月に出現する種はほぼ把握できたので、他の季節の出現種を調査する必要がある。時期としては高山帯の融雪直後から各種植物の開花期(7月上旬頃まで)と、晩夏から9月下旬までの期間の調査が必要である。
また、今回は十分ではなかった昼間の捕虫網による調査は、比較的容易に行えるため今後も引き続き実施していく予定である。この調査では、昼間に高山帯の植物上を飛翔する矮小な昼飛性の蛾類の中に重要な種の発見される可能性が高い。
さらに、高山帯の地面で行うピットフォールトラップで微小種を含む甲虫類の調査と数箇所の池に生息する昆虫を調査することにより、夕張岳高山帯の昆虫の大要が明らかとなるであろう。 今後も、高山植物など国指定の天然記念物を擁する夕張岳の昆虫調査に当たっては、関係機関との事前の十分な調整を図り、許可を得て調査を進め所期の目的を達成したい。