量子ドットを用いた波長多重光メモリの開発

武藤 俊一(北海道大学大学院工学研究科/教授)      
白峰 賢一(北海道大学大学院工学研究科)         
横山 直樹(兜x士通研究所/主席研究員)         
杉山 芳弘(兜x士通研究所機能デバイス研究部/主任研究員)

背景・目的
 原子のレベルでは電子も波の性質を示す。ド・ブロイが提案してから4分の3世紀になるが半導体デバイスもどんどん小さくなり、電子の波の性質、つまり量子効果が見えて来ようとしている。量子効果は、これまでにない半導体の応用に結びつく可能性も秘めている。結晶の自己組織化を応用してこのような究極の量子構造である量子ドットの形成が可能になって来たが、そのサイズは均一でない。本研究ではこの「不揃いな量子ドット」を波長方向に情報を記録する高密度光メモリに応用できるのではないかと考え、その可能性を明らかにすることを目的とした。
内容・方法
 本研究で目標としている波長多重光メモリは、一言でいうと量子ドットを従来から知られている永続的ホールバーニング(PHB)の材料として用いようというものである。量子ドットにフォトンが入射するとこのエネルギのバンドギャップ(正確には電子―正孔対の生成エネルギー)を持った量子ドットのみに電子―正孔対が形成される。このことは、このエネルギを持った光子の光吸収が減少し、従って光の波長(エネルギ)の空間に情報(つまりその波長の光が来たか、来なかったか)が書き込めることになる。ただし量子ドットの場合、メモリはナノ秒程度しか続かないのでトンネル効果などを用いて電子―正孔対の寿命をけた違いに長くしてやる必要がある。量子ドットの形成には分子線結晶成長(MBE)のStranski-Krastanow(S-K)モードによるGaAs(ガリウムヒ素)上のInAs(インジウムヒ素)ドットを用いた。
結果・成果
 まず単一の量子ドット層でのドットのサイズ分布(正確には体積の分布)を調べた。InAsの供給量Θ(ML)を増すと、ドットの密度が増大するが、これと共に、ドットの平均サイズが小さくなることが分かった。このことは、他の研究機関でも報告されているが、デバイス応用に関して、供給量Θにより平均サイズ、従ってドットの光吸収の中心波長を制御できることを示す。異なる密度のサンプルは異なるサイズ分布を持つが、平均体積<s>で規格化したs/<s>を横軸に分布を再プロットすると、広い範囲のQ(或いは密度)での分布がすべて1つの関数に重なってしまうことが分かった。
 現れた関数は物理学でいうスケール関数というもので、サイズ分布に、いわゆるスケール則が成立していることを意味する。このような現象は、例えば鉄の上に1ML以下の鉄を成長させた際に生ずる2次元島(つまり高さが1MLの島)では既に知られていたが、InAsのS-Kドットで見出されたのは初めてのことである。更に面白いことに、得られたスケール関数が、2次元島で知られているスケール関数と酷似していることがわかった。
 成長のスケール関数として重要なものに、ドットの位置分布も知られている。これについても調べた結果、サイズ分布よりはバラツイているが、やはりスケール則が成り立っていることがわかった。InAs/GaAs自己形成ドットの真の成長機構の解明に有力な手掛かりになるものと思われる。
 A1組成40%のInAlAsを5.2ML供給して得られた量子ドットをAl組成40%のAlGaAs層を介し、AlAs層と隣接させた構造で、トンネル効果の確認を行った。温度77Kに冷却したドットからの発光を時間分解で計測した結果、障壁層2nmでは発光の減衰時間が400ピコ秒程度に短縮化した。再結合より若干早く、ほぼ600ピコ秒程度で電子がドットからAlAsのX点にトンネルしたものと思われる。このことはトンネル効果により光メモリの寿命が長くできることを意味する。
 層厚70 nmのGaAs層を介して1.9MLの供給によるInAsドットの層を20層積層させた。断面の透過電子顕微鏡像観測の結果、20層のすべてに量子ドットが形成されていることが確認された。メモリの読み出しに必要となる数十層の積層構造が可能であることを意味する。
今後の展望
 特に応用分野について考慮の必要がある。ホールバーニング材料は光メモリであるため、従来材料と同様、光ディスクの記録密度を増大させることを想定して来た。しかし書き換え可能な光ディスクは市販品ですでに高い密度のものが得られている。量子ドットを用いたものは室温では永続的なメモリ効果は期待できないので、既存の光ディスク市場との競争は不可能である。むしろ量子ドットが高速で書き込み可能である点を生かして、光通信でのバッファーメモリのような特殊用途に波長多重メモリの路が拓けるのではないかと期待している。