レポーター遺伝子アッセイによるダイオキシン類測定法の開発

伊藤 敬三(潟Tイエンスタナカ技術研究所/所長)      
鎌滝 哲也(北海道大学大学院薬学研究科代謝分析学分野/教授)
蔵崎 正明(北海道大学大学院地球環境科学研究科/助手)   
江本  匡(潟Gコニクス研究開発部/課長)         
村田 愼哉(潟Tイエンスタナカ技術研究所/研究員)     

背景・目的
 環境汚染物質、特にダイオキシン、環境ホルモン等による環境汚染は、深刻な社会問題になっている。このうちダイオキシン類(75種の誘導体が存在)は、その強い毒性もさることながら、発癌性や催奇形成能を持つことから、環境因子(水、土壌、大気)のみならず、ヒトや経済動物の生体成分(血液や母乳)や食品類の大規模かつ詳細な環境調査が望まれている。しかし現在のGC-MS法によるダイオキシン定量法は、75種存在する同族体のうちわずか17種を毒性等価換算して算出しているにすぎない。そのため現状の測定法では、複数の同族体による複合的な生体影響の評価方法はないのが現状である。  そこでレポーター遺伝子アッセイ法を用いて、ダイオキシン類に対する生体影響を総合的かつ迅速に評価する系を確立することとした。
内容・方法
 遺伝子組換え法を用いて、ダイオキシン類処理により応答する動物細胞由来の細胞株を作製した。
この目的のために、まずダイオキシン類処理により迅速にその誘導が認められる遺伝子(CYP1A1)のプロモーター領域を解析した。この領域内にダイオキシン類に応答すると思われる複数個のDNAシスエレメントの存在が確認されたので、このエレメントを用いたゲルシフトアッセイを行った。このプロモーター領域(約1.3Kbp)をPCR法でクローニングし、レポーター遺伝子(ホタル由来ルシフェラーゼ遺伝子及びオワンクラゲ由来緑色蛍光蛋白遺伝子)の上流に組み込み、ダイオキシンに応答性のレポーター遺伝子を構築した。
 このレポーター遺伝子をいくつかの動物細胞に導入し、ダイオキシン類に対して感受性に差があるかどうかを調べた。このうち高感受性であった細胞株につきトランジェントアッセイを行い、ダイオキシンの生物学的反応量を検出できるかどうかをレポーター遺伝子アッセイ法(バイオアッセイ法)で調べた。
結果・成果
1.ダイオキシンに応答する遺伝子の転写制御領域の決定
 ダイオキシンに高感度に応答する遺伝子としてCYP1A1を選択した。この遺伝子の転写制御領域内には、xenobiotic-responsive element(XRE) が散在しており、そのコア配列は5’-(T/C)NGCGTG(A/C)(G/C)(A/T)-3’ であることを確認した。そこで、このDNAコア配列に哺乳動物培養細胞から抽出した核蛋白が結合するかどうかをゲルシフト法で確認したところ、肝癌細胞株由来の核内に、この塩基配列に特異的に結合する蛋白が検出された。
2.レポーター遺伝子ベクターの作成
 そこで、多くのDNA塩基配列情報を入手できたウサギCYP1A1プロモーター領域を増幅した。PCR用のプライマーはDDBJのDNAデータベースより入手した情報に基づき合成した(センスプライマー5’-GATCTGGTCCCGTTGGACTCATT-3’、アンチセンスプライマー5’-GATCTTGCGTGCGGAGCTCGCCT-3’)。得られたPCR産物(約1.3Kbp)をゲルで分離精製し、Tベクターにクローニングした後DNA塩基配列を確認し、ダイオキシン応答性エレメントが保存されていることを確認した。
 次にこのプロモーター領域をレポーター遺伝子(ルシフェラーゼ及び緑色蛍光蛋白遺伝子)の上流に結合した。
3.ダイオキシン類感受性細胞株の検索
 ダイオキシン受容体とダイオキシン受容体核トランスロケーターを発現している分化型肝癌細胞株( ヒト肝癌細胞株HepG2細胞、マウス肝癌細胞株Hepa-1細胞 ) と非発現性細胞株(チャイニーズハムスター卵巣細胞株 CHO細胞)に、レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ及び緑色蛍光蛋白遺伝子)をトランスフェクトし、トランジェントアッセイを行った。CHO細胞株では導入したレポーター遺伝子の発現が観察されなかったが、HepG2細胞株及びHepa-1細胞株では、ダイオキシン類投与により、その発現が認められた。
4.ダイオキシン類感受性細胞株を用いた測定系の構築
 マウス肝癌細胞株について、ダイオキシン様活性を持つ3‐メチルコランスレンを細胞に処理した。
 0-100μMの3‐メチルコランスレンを処理し、ルシフェラーゼ活性を調べたところ、量依存性曲線が得られた。従ってルシフェラーゼ遺伝子をレポーター遺伝子とし、このレポーターベクターをマウス肝癌細胞株に導入することにより、定量的に3‐メチルコランスレン(ダイオキシン類)を検出できることが明らかとなった。
今後の展望
 この細胞株を利用すると、ダイオキシン類のみならずダイオキシン様作用のあるポリ塩化ジベンゾフランやコプラナーPCBを一括して、その生物学的作用量(毒性量)を評価することが可能となる。本測定法が実用化されれば、多量検体を迅速かつ簡便に測定することができるため、低コスト(1/10)かつ迅速(1-2日)に多量検体(数百検体)の測定が可能であり、継続的な環境調査の1次スクリーニングに最適な方法である。この測定法で陽性の検体のみを従来法のGC-MS法で測定し(2次スクリーニング)、その詳細を評価することにより、より効率的かつ広範な環境調査を実施することが可能となると思われる。