発芽大麦素材による家畜の成長促進と腸炎の予防・治療法の確立

岩永 敏彦(北海道大学大学院獣医学研究科比較形態機能学講座/教授)
金内  理(キリンビール渇棊p開発センター/研究員)       
鈴木 啓太(北海道大学農学部附属農場生態畜産部門/助手)     

背景・目的
 ビール生産工程で発芽大麦の残渣がいわゆるビール粕として得られるが、その精製画分(発芽大麦素材、以下GBF)には腸粘膜増強効果があり、食品に混ぜて与えるだけで下痢や腸炎を抑制することができる。我々は、キリンビール渇棊p開発センターとの共同研究により、実験動物(ラット)とヒトでのGBFの有用性を証明し、最近厚生省の病者用特定食品として認可を受けた。畜産の分野では、下痢による発育障害は子牛や子豚の育成上大きな問題になっていることから、GBFを飼料に混ぜて与えることにより、腸炎を予防するとともに家畜の成長増進をはかることが本研究の目的である。
内容・方法
1.子豚と子牛の自然発症下痢に対する抑制効果
 子豚や子牛はかなりの確率で自然発症的に下痢をおこす。GBF投与群とコントロール群で下痢発症の頻度と程度を比較した。子豚の実験は北海道大学付属農場において、子牛(黒毛和種)の実験は兵庫県立北部農業技術センターで行った。ともに、配合飼料中の大豆粕を同量のGBFに置換して与えた。ブタの場合、生後30日で離乳させ、そこからGBF混入食を2ヶ月間与えた。
2.GBF製品の形態による比較
 GBFを乾燥するには熱乾燥と凍結乾燥があり、前者はコストはかからないが有効成分が熱変性する可能性がある。そこで、熱乾燥品と凍結乾燥品の効果をブタを用いた実験で比較した。
3.糞便中の短鎖脂肪酸濃度  HPLCにより、糞便中の酪酸、イソ酪酸、酢酸、プロピオン酸濃度を測定した。
結果・成果
 GBFの乾燥には熱乾燥法(スチームチューブ乾燥)と凍結乾燥法がある。コストの面では、前者が優れているが、有効成分(蛋白質、アミノ酸、食物繊維)の変性はある程度避けられない。そこで、異なる方法で乾燥したGBFを比較した。
1.子豚では離乳用配合飼料から通常の配合飼料(基本飼料)に移る際に、下痢が頻繁に認められる。本実験でも、対照群では離乳用飼料を基本飼料に50%置き換えた時点で、下痢が頻発した。基本飼料のうち大豆粕の半分量をGBFの凍結乾燥品に置き換えた実験群では、下痢の発生が顕著に抑えられた。対照群で32頭/日(のべ下痢頭数)であったのに対し、GBF群では8頭/日(同)であった。なお、体重の推移については、両群で差異は認められなかった。
 一方、熱乾燥GBF投与群では、下痢抑制効果は認められなかった。
2.左記実験で、採取されたブタの糞便中の短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、酪酸、乳酸)の含有量を測定したところ、乳酸が2倍以上増加し(GBF群 123.9+19.3、対照群 53.6+8.5)、悪玉の短鎖脂肪酸とされるイソ酪酸が検出限界以下まで減少していた。これ以外の短鎖脂肪酸には有意な変化がなかった。
 一方、熱乾燥GBFを投与したブタの糞便中短鎖脂肪酸の濃度変化は観察されなかった。 3.黒毛和種の子牛に、熱乾燥GBFおよび凍結乾燥GBF を飼料に混ぜて与えたが(30n/日)、顕著な下痢抑制効果は認められなかった。また、糞便中短鎖脂肪酸の濃度変化も観察されなかった。
今後の展望
 GBFの凍結乾燥品は病者用特定食品として、医療現場ですでに使用されている。家畜では、同じ凍結乾燥品が子豚の下痢を抑制することが本研究により示された(子牛では効果がなかった)。GBFを飼料に混ぜて与えるだけで、離乳直後に発生する子豚の下痢を予防、治療できることが実証された。問題は、コスト面である。凍結乾燥ではコストが高くなるので、治療には使えるが、予防としてすべての子豚に投与するのは経済的には不可能である。安価な作製法については、メーカー側と協力して開発する必要がある。