コケ培養細胞の生合成能・生物転換能を利用した有用物質の生産 |
鍋田 憲助(帯広畜産大学畜産学部生物資源科学科/教授) 福士 幸治(北海道大学大学院農学研究科/助手) 田中 正泰(日本たばこ産業叶A物保護開発センター/研究員) |
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我々は今までに、コケ培養細胞の化学成分とそれらの生合成機構について検索してきた。その結果数多くの新規化合物を分離・構造決定し、コケ特有の化合物の存在を明らかにした。またそれらの生合成過程や、新たな代謝調節機構の存在を明らかにしてきた。発達した葉緑体を含むコケ植物の培養細胞を利用して、空中の炭酸ガスを原料に、様々な有用化合物を生産する可能性について検討した。またコケ培養細胞からの酵素の特異的な変換反応により、生体触媒としての利用を模索した。 | |
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2-1.コケ培養細胞技術による有用物質の生産技術の開発と有用物質の検索を行う。 細胞培養に成功したコケの中でオキナワサイハイゴケ、サワクサリゴケ、シダレゴヘイゴケの化学成分、特にテルペン系化合物を分離・構造決定した。また、抗バクテリア活性及び植物毒活性(除草剤としての役割を想定して)を試験した。植物毒活性としては、デンプン生成阻害活性・酸素生成阻害試験など光合成阻害を検討した。 2-2.光独立栄養条件下での最適な生育条件を確立し、細胞及び代謝物の大量生産技術の確立を行う。 シダレゴヘイゴケ培養細胞を用いて、最適な光量、温度、植物調製物質、炭酸ガスの供給量などを検討した。また、安価な生合成原料であるメバロン酸のテルペン生成に及ぼす効果について調べた。 2-3.テルペン生合成とその制御機構を明らかにする。 テルペン生合成を指標に代謝制御機構を調べた。特にテルペン代謝の局在化の証拠として葉緑体でのテルペン生成を調べた。 2-4.コケ細胞中の酵素を利用して、環化酵素によるテルペン合成を試みた。 |
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コケ培養細胞(サワクサリゴケLejeunea aquatica Horik、シダレゴヘイゴケPtycanthus striatus、オキナワサイハイゴケAsterella liukiuensis)を用いて、生理活性や香料として利用できるテルペン化合物を生産するため基礎技術の確立を試みた。 サワクサリゴケの培養細胞は母植物の生産する含酸素クパレンを生成することができる。主要生成物である2,5-クパラキノンについて抗菌性試験を行い、枯草菌に対して10-3M/diskレベルで抗菌活性が認められた。また、除草剤としての利用を検索する目的で、光合成阻害活性(デンプン生成及び酸素生成を指標として)を調べた。その結果、10-3Mレベルで光合成を阻害することが判った。その他、主要な含酸素クパレン化合物の生合成経路を重水素や炭素-13で標識したメバロン酸の培養細胞への投与実験で明らかにした。サワクサリゴケの含酸素クパレンはフィトアレキシンであるクパレン系物質ロボコヂンBやヘリコバシヂンと同様の生成経路で生成することが証明された。 シダレゴヘイゴケ培養細胞についてはその主成分である不規則セスキテルペンのケルソエンとプレスパタンを指標化合物として、光独立栄養条件下でのテルペン生成の可能性と培養細胞からの酵素液を利用したセスキテルペン生産の可能性を検索した。その結果、シダレゴヘイゴケ培養細胞は改良Murashige & Skoog培地にクエン酸やリンゴ酸等を加え、1%(v/v)炭酸ガスを含む空気を通気し、8000lxの光照射下で培養すると光独立栄養的に生育できることが判った。更にその培地により安価な前駆物質であるメバロン酸を投与すると、メバロン酸は専らセスキテルペン生成に利用されることが証明され、効率の良いセスキテルペン合成系を確立した。また、シダレゴヘイゴケ培養細胞から酵素液を抽出し、非環状のセスキテルペン前駆物質であるファルネシル二リン酸から環状化合物であるケルソエンやプレスパタンへの転換の至適条件を確立した。現在酵素の分離条件を検討中である。また、標識したメバロン酸の培養細胞への投与実験によって、ケルソエンとプレスパタンの生体内での詳細な過程を明らかにした。 オキナワサイハイゴケは低級なセスキテルペンは生成せず、そのかわりに不揮発性のトリテルペンである含酸素ホパン化合物を生成する。新規な化合物を含む4種の化合物を分離し、その構造を決定した。 | |
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本研究の成果として、コケ培養細胞技術がテルペン合成に優れた生産系であり、特に光独立栄養条件下でメバロン酸を投与することによってセスキテルペンなどの高価な化合物を安価に大量生産できる可能性を示した。しかし、医薬や農薬、香料としてより付加価値の高い化合物を想定しないと商業生産に結びつかないかもしれない。また、今回、複雑な環状構造を持った化合物(5-4-5員環や5-5-4員環構造)の合成を触媒する酵素を見い出したが、このような構造を持つ天然化合物が発見されていることから、これらの化合物を合成する触媒として、分子生物学的手法による酵素の大量生産技術の確立が望まれる。 |
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