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ポジトロン断層撮影装置(PET)は、ポジトロン放射性医薬品と組み合わせることにより、生体機能を非侵襲的に画像化できる装置である。我々は、これまでにポジトロン標識オクタン酸(11C-OA)のグリア細胞機能マーカーとしての可能性に着目し、その脳虚血診断用ポジトロン放射性医薬品としての有用性を見出した。しかし、11C-OAの脳内滞留機構や、これを用いて描出される脳機能の詳細には未だ不明な点が多い。本研究の目的は、これらの不明点を、局所脳虚血モデル動物を用いて明らかにすることにある。
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11C-OAのグリア細胞機能を標的とする脳虚血診断用ポジトロン放射性医薬品としての有用性をさらに詳細に検討するため、局所脳虚血ラットにおける14C-OAの脳内分布を測定し、神経細胞機能の指標となる[125I]イオマゼニル(125I-IMZ)の場合と比較した。
動物には、体重300〜350nの雄性Sprague-Dawleyラットを用いた。局所脳虚血モデルラットは、Zea Longaらの方法に準じて作成した。すなわち、塞栓糸を右総頚動脈より頭蓋内に、総頚動脈分岐部より約17mm挿入し、右中大脳動脈の起始部を閉塞した(MCAO)。中大脳動脈閉塞1-2,3-4,及び24時間後、これらのラットに14C-OAおよび125I-IMZ(または123I-IMZ)を静脈内投与し、脳内分布を組織摘出法またはオートラジオグラフィー法で測定した。組織摘出法では、大脳皮質部分を12画分に分割して測定した。また、これらのラットの脳冠状断切片を用いて、TTC染色を行い、組織傷害部位を同定した。
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組織摘出法により測定した14C-OAおよび125I-IMZの脳内分布の患側/健側比を右表に示した。局所脳虚血作成2,4,24時間後、梗塞領域では、125I-IMZ集積、14C-OA集積とも著しく低下した。14C-OA集積は、125I-IMZに比べて梗塞周辺部で比較的保たれていた。虚血4時間後の梗塞周辺部における14C-OA集積比(患側/健側比)は、125I-IMZの集積比に比べて有意に高かった。
オートラジオグラフィー法で測定した14C-OAおよび123I-IMZの脳内分布は組織摘出法による実験結果とよく一致した。すなわち、梗塞領域では123I-IMZ集積、14C-OA集積とも著しく低下したが、梗塞周辺部では123I-IMZに比べて14C-OA集積は比較的保たれていた。
本実験により、14C-OAの脳内分布が125I-IMZの脳内分布とは明らかに異なっていることが示された。グリア細胞は神経細胞に比べて虚血に強いことから、梗塞周辺部の14C-OA集積はグリア細胞機能を反映している可能性がある。
また、本実験結果は、123I-IMZと11C-OAを用いることにより、神経細胞機能、グリア細胞機能をそれぞれ評価しうることを示唆している。一方、オクタン酸は、脳内ではグリア細胞でβ酸化を受け、その後グルタミン酸を経てアストロサイトに局在するグルタミン合成酵素によりグルタミンに代謝される。これらの事実は、11C-OAがグリア細胞機能、特にアストロサイトの機能を反映し、脳虚血病態診断に有用である可能性を強く示唆している。
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本研究により、11C-OAがグリア細胞機能を反映し、脳虚血病態診断に有用である可能性が示された。今後、11C-OAの脳内集積機構と11C-OAにより描出される脳機能をさらに詳細に検討するとともに、安全性を確認し、臨床応用へと展開したい。臨床において11C-OAにより描出される機能を評価するためには、このトレーサの体内動態を薬物動力学的に解析することが必須である。11C-OAの体内動態解析法の開発にも取り組んでいきたい。これらの研究により、11C-OAを用いるPET診断が脳虚血病態診断に有用な手段となることを期待している。
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