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活性酸素はいくつかの疾患の原因として考えられる。申請者は選択的に膵臓β細胞を傷害し糖尿病を誘発するアロキサンが酸化還元サイクル反応の過程で活性酸素を生成すること、また抗酸化剤がアロキサン糖尿病の発症を防御することを見出し、アロキサン糖尿病の発症に活性酸素が関与する可能性を報告した。本研究において、インスリン分泌能を有するINS−1細胞を用いて活性酸素がどのような機構で細胞障害を惹起するのか、さらに、この障害によるアポトーシス誘導の有無について検討する。
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活性酸素による糖尿病発症機構、特に膵臓β細胞障害機構を明らかにするため、アロキサンで処理したINS−1細胞の機能障害について検討した。最初にINS−1細胞を種々濃度アロキサンとインキュベートした後、細胞生存率を測定した。また、抗酸化酵素(SOD、カタラーゼ)または抗酸化剤(ビタミンE、ブチルヒドロキシアニソール) の防御作用について、細胞を各々の化合物とプレインキュベートした後実験を行ない、この細胞障害過程における活性酸素の関与について考察した。アポトーシスは、この初期過程に見られるホスファチジルセリン(PS)の細胞膜表面への移動をPSと高い反応性を有するアネキシンV−FLUOSと結合させ、フローサイトメーターで検出した。また、核DNA鎖切断に基づくDNAラダー形成はアガロース電気泳動法により確認した。これらの研究でアロキサン誘導INS−1細胞アポトーシスにおける活性酸素の関与を明らかにする。
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種々濃度アロキサンでINS−1細胞を24時間インキュベートすると、アロキサン濃度依存的にINS−1細胞の生存率が低下した。SODは有意な防御作用を示さなかった。しかし、カタラーゼは部分的に、ビタミンEとブチルヒドロキシアニソールは明らかに生存率低下を阻止した。この結果は、アロキサンから生成する活性酸素がINS−1細胞の障害に関与すること、しかし、細胞膜外で生成するスーパーオキサイドは関与しないことが示唆された。アロキサン濃度0.5 mMで処理した細胞は6時間後に細胞膜表面へのPSの移動がフローサイトメーターにより確認された。しかし、同条件下 膜障害の指標であるプロピディウムイオダイド(PI)の蛍光シグナル強度の増加はほとんど観察されず、アロキサンはアポトーシスを誘導する可能性が示唆された。一方、5 mMアロキサン処理によりPSとPIのいずれの蛍光強度も増加し、高濃度アロキサンはネクローシスを誘導する可能性が推定された。24時間INS−1細胞を種々濃度アロキサンで処理すると、0.5 mM以下で濃度依存的にアポトーシスの有力な指標であるDNAのヌクレオゾーム単位での切断、すなわち、DNAラダーの形成が認められた。しかしながら、アロキサン濃度が1mM以上の場合、DNAの明らかな切断は惹起されたがラダー形成は認められなかった。これらの結果から、低濃度アロキサンはインスリン分泌INS−1細胞にアポトーシスを誘導するが、高濃度アロキサンはネクローシスを惹起することが明らかとなった。ビタミンE、ブチルヒドロキシアニソールまたはカタラーゼにより細胞をプレインキュベートした場合、アロキサン誘導のDNAラダー形成は阻止され、アポトーシス誘導過程にも活性酸素が関与することが示唆された。
現在、糖尿病発症メカニズムを理解するためにいくつかの発症機序が多くの研究者により提唱されている。本研究で得られた知見は、生体内で生成する活性酸素が膵臓β細胞のアポトーシスを惹起し、この現象が糖尿病発症と関連する可能性を示唆している。それゆえ、糖尿病発症機序の1つまたはいくつかの説に今後アポトーシスの関与が含まれることが推察される。
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本研究でアポトーシスが糖尿病発症に関与する可能性を示唆した。この関係を更に詳細に検討するため、アポトーシス過程に必須の酵素群、特にキャスペスファミリーの活性化、及びこのキャスペス活性化への関与が提唱されているミトコンドリア機能障害について検討したい。さらに、in vivoモデルにおいて、アポトーシス阻害剤がアロキサン糖尿病発症を防御するか否かについて検討する必要がある。糖尿病へのアポトーシスの関与は新たな治療法の確立と治療薬の開発に寄与すると思われる。
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