X線分析顕微鏡を用いた各種金属材料の生体適合性の調査 |
宇尾 基弘(北海道大学歯学部歯学理工学講座/助手) |
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金属系の生体材料の中にはアレルギーや発癌性が問題になるものがある。このような生体内に埋入した金属材料の挙動を明確にするには生体内での溶出物の分布について知る必要がある。他方、近年開発されたX線分析顕微鏡(XSAM)は大気中で前処理や染色、蒸着を施す事なく元素マッピング像を得られることから生物試料の観察に有効と考えられる。そこで本研究ではラット皮下に各種金属小片を埋入し、周辺組織への影響を生体及び埋入金属由来の元素マッピング像をXSAMで観察し各種金属材料の生体適合性・為害性を評価検討した。 | |
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Cu,NI,Fe,Ag,Ti,Ni-Ti,SUS304,SUS316の円柱状試料(10mm×1mmφ)を準備した。各試料表面の表面性状を原子間力顕微鏡(Topometrix社製 TMX-2000)により観察し、いずれの試料においても同程度の表面粗さであることを確認した。 上記試料各2個をラット背部皮下に埋入し、2週後に周辺組織を摘出した。摘出組織より埋入試料を注意深く撤去した後に、通法に従いパラフィン包埋及びレジン包埋した。パラフィン包埋試料より薄膜切片を作成し、光学顕微鏡により組織観察を行った。残部のパラフィン包埋試料ブロックはXSAM測定を行った。またレジン包埋試料は厚さ1aに切断し、表面を研磨してXSAM測定に供した。測定条件はXGT内径:100μm、管電圧・電流:50kV, 1mA(Rhターゲット)とし、測定時間3000秒/scanで100scan画像を積算して、元素マッピング像(Ca,P,S及び埋入金属材料の含有元素)を得た。 |
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ラット表皮近傍の軟組織を通法に従い固定・パラフィン包埋した試料についてXSAMによりCa,S,Pの元素分布を観察を行った。XSAMによりCa,S及びPの明瞭な分布が見られ、特にCaは筋肉部に、Sは筋肉と体毛に、Pは毛根部に高濃度に分布していることが観察された。筋肉中のCaは約0.01wt%、S濃度は0.1〜0.2wt%、P濃度は約0.2wt%と見積もられ、軟組織のように比較的低濃度の軽元素から成る試料についても明瞭に元素分布を観察できることが示された。 Ni及びCuについては極めて生体組織への毒性が強く、特にNiにおいては微量の溶出で強い組織反応が起こることが示された。Feの場合には溶出量が高くても組織反応は比較的穏やかであり、元素としての毒性はNi及びCuに比べて低いことが分かった。 このように光学顕微鏡による組織観察とXSAMによる元素分布観察を合わせることにより埋入金属の溶出濃度と組織反応の間の関連をより詳細に調査することが可能であった。 Ag,Ti,Ni-Ti,SUS304,SUS316を埋入した周囲組織では光学顕微鏡観察においてリンパ球の浸潤などの炎症性の反応は見られたが、Niなどの場合と比べて組織反応は極めて穏やかであり、Ag,Ti及びNi-Tiでは埋入物が繊維性結合組織による被包化されており、SUS系材料でも一部に被包化が観察された。XSAMによる元素分布観察でも埋入部周辺に埋入金属小片試料からの金属の溶出は見られなかった。すなわちこれらの材料は生体内で安定であり、本方法で検出されるレベルの金属元素の溶出を示さないことが明らかになった。 本研究で用いたXSAMは大気中で試料を損傷することなく、また特別な試料の前処理や染色などをすることなく元素分布を観測できるため、本実験のような生物系試料の分析に有用であった。XSAMは特別な試料作成処理を要求しないため病理学的組織観察など他の用途に用いた試料を用いることも可能であり、一般的な病理組織観察に用いられるパラフィン包埋試料を用いてXSAM観察を行い、組織観察結果と併せて評価することが可能であった。さらに生物試料などでは入射X線が試料深部まで到達し、深部で発生した特性X線のエネルギーが十分高い場合、即ち分析対象元素が中・重元素の場合には試料深部からのX線も合わせて検出できるため、微量元素を高感度に検出可能であった。 |
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今後、更に多種の金属材料や他の無機材料の生体内での挙動について、同様に動物実験による解析への応用や、実際の金属イオン溶出量の定量、さらなる微量の溶出元素の検出への応用を試みたい。 |
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