先天性副腎過形成症に対する遺伝子治療法の開発

田島 敏広(北海道大学医学部附属病院/医員)

背景・目的
 21水酸化酵素欠損症は21水酸化酵素遺伝子(CYP21)の異常によって引き起こされ、その発症頻度は約15000人に一人と極めて頻度の高い遺伝病である。本症ではこの酸素欠損によってグルココルチコイドとミネラルコルチコイドの不足が生じ重症型は出生早期に治療しなければ致命的である。女児においては過剰なアンドロゲンのため外性器の男性化を引き起こし外科的矯正が必要である。生後の患者の治療は一生涯に及ぶステロイドの補充療法である。しかしこの治療はさまざまな問題点がある。そこで我々は21水酸化酵素欠損マウスを用いて、本疾患に対する遺伝子治療の可能性を探るため、ヒトCYP21をアデノウイルスベクターを構築、欠損マウスに遺伝子を導入することにより発現させることを目的とした。
内容・方法
1)アデノウイルスベクターとヒトCYP21cDNA(Ad-CYP21)と、ゲノミックCYP21DNA(Ad-GCYP21)の構築
 ヒトCYP21cDNAはをアデノウイルスベクター−DNA蛋白複合体(AVC-2)にクローニングする。ヒトゲノミックCYP21DNAはAdBp-4/SF-1の結合部分,cAMP反応性配列を5'領域を含んで-300base含んでPCRで増幅し同様にAVC-2にクローニングする。
2)培養副腎細胞における遺伝子導入の検討
 マウスより副腎を摘出し培養する。アデノウイルスーとlacZ(Ad-lacZ)を培養副腎細胞へ感染させ、lacZの染色を行い遺伝子導入の効率の検討、至適ウイルスタイターを決定する。また培養細胞のステロイド産生能を検討し遺伝子導入後の副腎細胞の機能が保たれているかを検討する。
3)マウス副腎における遺伝子導入の検討
 Ad-lacZを副腎に注入し1)lacZの染色を行い遺伝子導入の効率の検討、2)血清コルチコステロンの測定による遺伝子導入後の副腎機能の検討、3)副腎細胞への毒性の検討を行う。アデノウイルスベクターによる遺伝子導入の際、予想される副作用としてウイルスに対する細胞性免疫反応により組織の炎症がある。
4)Ad-CYP21とAd-GCYP21の機能の検討
 Ad-CYP21とAd-GCYP21をCOS7細胞にトランスフェクションを行い、プロゲステロンからデオキシコルチコステロン、17OHプロゲステロンからデオキシコルチゾールへの変換を薄層クロマトグラフィーにて分離し酵素活性を検討する。さらにステロイド産生能のないラット下垂体の培養細胞を用いて感染後経時的に酵素活性を検討する。
結果・成果
 まず21水酸化酵素欠損症の病態生理を解析するため欠損マウスを用いて視床下部-下垂体-副腎(HPA axis)のフィードバック系の異常、副腎皮質髄質の発達形態について解析した。CRH、VPのmRNAの発現、下垂体でのPOMCのmRNA、蛋白の発現を in situ hybridization, immunohistochemistryにて観察したところ、CRHのmRNA、蛋白の発現は出生時欠損マウスでは正常に比べ約2倍増加していること、VPの蛋白の発現も増加していることを明らかにした。また下垂体のPOMCのmRNAの発現レベルは正常に比べ4倍増加していた。さらに治療により生存した成人欠損マウスについてもCRH、POMCmRNAのステロイド投与による正常化を検討したが、正常マウスに比べ抑制は有意に低下していた。これらの結果本症では胎児期でのステロイド欠損によりHPA axisが活性化し、成人でも持続していることを示した。よって現在の治療法が改善されるべきことを示している。また本症では副腎皮質の3層構造の発達が不完全なこと、副腎髄質のchromaffin細胞の構造、分布、分化の異常、そしてカテコールアミンの含有量の減少を認め、ヒトの本症やAddison病におけるepinephrineの低下を説明できるin vivoの所見(髄質の異常)を初めて示した。ヒトCYP21cDNAをアデノウイルスベクターDNA蛋白複合体(AVG-2)にクローニングし精製した。またヒトゲノミックCYP21DNAはAdBp-4/SF-1の結合部分,cAMP反応性配列を5'領域を含んで-300base含んでPCRで増幅し、同様にAVC-2にクローニングし複製精製した。
 予備実験としてAd-lacZを培養副腎細胞へ感染させ、lacZの染色を行い遺伝子導入の効率を検討したところ、副腎細胞に効率よく遺伝子導入を得ることができ、ほとんどがlacZ染色陽性であった。またウイルスの至適タイターは50plaque-forming unit(PFU)また培養液中のコルチコステロン濃度は遺伝子導入後も変化しなかった。さらにin vivoでAd-lacZをマウス副腎に直接注入したところlacZの発現を得ることができ、この発現は導入後40日目まで確認できた。また副腎へのad-lacZ導入後アデノウイルスベクターの副作用の一つである組織の炎症はHE染色にて認められなかった。また副腎への遺伝子導入後マウス血清コルチコステロンの測定を行ったが、そのレベルに変化は認めなかった。
 Ad-CYP21とAd-GCYP21をCOS-7細胞にトランスフェクションし、プロゲステロンからデオキシコルチコステロン、17OHプロゲステロンからデオキシコルチゾールへの変換を薄層クロマトグラフィーにて分離し、酵素活性を検酵素活性を検討したところ酵素活性の発現を得ることができた。最も高い酵素活性は100PFUのウイルスタイターによって得られた。しかしこれ以上のウイルスタイターでは細胞に対する毒性が顕著となり、導入後その酵素活性は逆に減少した。
 さらに酵素活性の発現期間についてラット下垂体の培養細胞を用いて感染後経時的に酵素活性を測定したところ、4日目、7日目、14日目でそれぞれ75%,47%,26%の酵素活性を測定できた。また弱いながらも30日目まで酵素活性を確認できた。またウイルスの至適タイターはCOS細胞、ラット下垂体の培養細胞50PFUであった。
今後の展望
 今後以下の実験を計画している。
 Ad-CYP21とAd-GCYP21をそれぞれ欠損成人マウスの副腎皮質に直接注射し、副腎でのCYP21の発現、酵素活性の上昇をRT-PCR、21水酸化酵素に対する抗体による組織染色を行う。同時に血清ACTHとコルチコステロン,プロゲステロンを測定する。
 またステロイド前駆体は大量に血中に存在するため肝臓へのアデノウイルスベクターを用いた遺伝子導入を行い、内分泌学的、臨床的改善が得られるか検討する。
 今回の我々の研究はヒトの21水酸化酵素欠損症に対する遺伝子治療の第一歩である。