遺伝子発現系を用いた吸入ならびに静脈麻酔薬の作用機序の解明

山蔭 道明(札幌医科大学医学部麻酔学講座/講師)

背景・目的
 セボフルランなどの吸入麻酔薬やプロポフォールに代表される静脈麻酔薬は現在臨床の場で最もよく使用される麻酔薬である。しかし、その作用機序は今もって明らかにされておらず、代謝産物などの組織毒性も明らかではない。アフリカツメガエルの卵母細胞に特異的なチャネルや受容体のメッセンジャーRNA(mRNA)を注入すると細胞膜にそれらの蛋白を発現さえることが可能なため、人から採取したチャネルの活動を観察することが可能となる。パッチクランプ法を応用し、チャネル発現系モデルを使用して、麻酔薬の作用機序の解明、さらには拮抗薬の開発を目的とする。
内容・方法
1.mRNAの生成
 まず、ラットの脳ならびに心筋の組織より、カリウムとナトリウムのDNAを抽出し、そこからmRNAを生成する。
2.チャネル・受容体蛋白の発現
 生成したmRNAをアフリカツメガエルの卵母細胞質内に注入し、細胞膜に特異的なチャネル・受容体蛋白を発現させる。
3.パッチクランプ法
 パッチクランプ法を応用し、発現したチャネル・受容体活動を観察する。
4.麻酔薬の影響
 観察されたチャネル活動などに対する吸入麻酔薬・静脈麻酔薬の影響を観察し、どのようなチャネルに特異性をもって作用しているかを検討する。
5.作用部位の特定
 作用が大きく認められるチャネルのサブユニットの塩基配列を変えることにより、その作用を変化させた際の麻酔薬の影響を観察することにより、特異的サブユニットの特定を探る。
結果・成果
 まずはじめに、ラット脳ならびに心筋からカリウムチャネルとナトリウムチャネルのDNA抽出に取りかかった。この段階の研究には遺伝子学的知識ならびに技術を必要とするので、当大学医学部第一生理学教室ならびに北海道大学医学部薬理学教室との共同研究で行った。抽出後、E. coliにその遺伝子を組み込ませ、十分な量のDNAを増殖させた後、mRNAを作製した。卵母細胞をアフリカツメガエルより摘出し、第4段階の卵母細胞を選んだ後、mRNAを卵母細胞内に50μLずつ注入し、3〜4日、常温にて放置した。その後、二極法のパッチクランプ法を用いて、卵母細胞膜表面上のそれぞれのチャネルの発現を確認した。現在は、それぞれのユニットごとのチャネル活動の特徴の解析に取り組んでいる。それが、終了し次第、現在臨床で使用されている吸入麻酔薬イソフルランとセボフルラン、静脈麻酔薬チアミラールとプロポフォールの直接的影響について観察し、それらの分子レベル的な作用機序の解明の取り組もうとしている。
今後の展望
 これらの研究により、麻酔薬の作用機序が明らかにされると臨床使用での安全性が高まることはもちろん、臓器障害性なども検討することができる。また、副作用の少ない相乗作用をもつ薬物の開発(安全な麻酔)や拮抗薬の開発(覚醒の質の向上)にも結びつくことが可能となる。
 今後は、吸入麻酔薬のみならず、静脈麻酔薬とくにプロポフォールの作用機序についても検討したいと考えている。