小動物へのMRIマイクロイメージングとその実験動物学への応用 |
稲波 修(北海道大学大学院獣医学研究科/助教授) |
|
|
血液脳関門や脳組織の崩壊は、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や細菌感染症を含めた多くの脳の異常の原因を突き止める努力が多くの研究者によってなされている。近年、様々なモデル動物が昨出され、マウス・ラットでのその非侵襲的経過観察の手段の確立が望まれている。近年、シグナル/ノイズ比の向上のため高い静磁場強度のマグネット(4.07テスラ以上)を使用し、傾斜磁場を従来の10〜20倍の大きさにし、より微細な構造を捉えるMRIマイクロイメージング法(MR顕微鏡)が登場してきた。これにより、マウスなどの実験小動物で、微細構造が観察できるMRIが可能になってきた。そこで、申請者らは、今回、各種脳疾患モデル動物を作成し、その解剖学的変化や生化学的な変化をMRIマイクロイメージングで捉え、実験動物への応用を計ることを目的とした。 | |
|
|
モデル動物の作成 @脳の脂質過酸化モデル: 鉄介在型の脳の脂質過酸化モデルは、クエン酸でのキレート型二価鉄塩を2μg/kgを、浅麻酔下でマウス脳内の尾状核領域に投与する。 A細胞脱落モデル:このモデルの作成は、浅麻酔下での脳の尾状核へのマロン酸投与によって行う。この方法で、尾状核の神経細胞に崩壊等が起きることが報告されている。 B急性脳浮腫変性モデル:脳表に液体窒素温度に冷却した金属棒を接触させ、凍傷を起こさせ、物理的に脳浮腫を作成した。 MRIマイクロイメージングの撮像 MRIは北大工学部に設置されているMRI共同利用施設の超伝導マグネットを用い、磁場均一性の優れた4.7および7.05テスラのMRI装置を用いて撮像する。申請者らはこれまで、マウスレベルの小さな臓器でも鮮明な画像を得ることを目的として、特殊なグラジエントコイルを装備したMRIプローブをブルッカー社と共同で開発してきた。この技術を、今回作成した病態モデルで応用する。 |
|
|
|
本研究では、実験的なラット中枢神経変性におけるMR信号強度変化への影響を調査する目的で、Fe2+-クエン酸錯体の脳尾状核領域への片側性微量注入を施した病態モデル動物を作製し、7.05Tの高磁場MR画像装置(SIS-300/183)を用いて、脳内脂質過酸化物蓄積のMR信号強度への影響を検討した。加えて、脳内にマロン酸を微量注入した脳細胞脱落誘発モデル、脳表面を物理的に傷害した脳冷却浮腫誘発モデルを作製し、それらのMR信号強度への影響も調べた。MR画像に加え、肉眼および組織像も比較・検討した。脳冷却浮腫誘発モデルでは、さらにガドリニウム造影剤の影響も検討した。 脳内脂質過酸化物蓄積誘発モデルの注入側尾状核領域で、対側の約1.8倍量の脂質過酸化物(TBARS)が検出された。一方、MR画像ではT1強調像、T2強調像、プロトン密度強調像のいずれにおいても対側との信号強度差は確認されなかった。このことから、脂質過酸化物蓄積の段階ではMR信号強度変化には至らないということが結論された。脳細胞脱落誘発モデルでは、特にT2強調像で注入側尾状核領域の著明な信号強度増加が観察された。脳組織を調べたところ、注入側で広範な細胞脱落が認められた。したがって、細胞脱落によりMR信号強度が変化したと推察された。脳冷却浮腫誘発モデルでは、肉眼像で確認された浮腫発生部位で液性成分の増加によるものと考えられるT2強調像の信号強度増加が確認された。さらにガドリニウム造影剤の投与により、信号強度が増強され、血液脳関門不全が生じていることが示唆された。以上より、加齢や酸化ストレスによりラット脳で生ずるMR信号強度変化は、脂質過酸化物の蓄積によるものというよりは、むしろ細胞脱落あるいは血液脳関門機能不全などが大きな要因となっているということが示唆された。 |
|
|
|
今回の研究で7TのMRIマイクロイメージング法でラットの脳レベルでの病態モデルの画像化に成功した。今後、これを更に発展させ、脳内のATPなどの高エネルギー燐酸化合物や伝達物質としてのグルタミン酸などのアミノ酸の量比などをMRIスペクトロスコピーにより検出し、疾患早期での脳の変化を明らかにする予定である。これが出来れば、実験動物レベルでの様々な疾患モデル実験が出来るようになり、神経科学の発展にとって有用な方法論になると考えられる。 |
![]() |