小樽沖の蜃気楼の観測および出現条件の研究 |
大鐘 卓哉(小樽市青少年科学技術館/学芸員) |
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幕末の北方探検家・松浦武四郎が1846年に小樽沖で蜃気楼を見たと、著書「西蝦夷日誌」に記している。小樽沖の蜃気楼は富山湾の蜃気楼と同じ上位蜃気楼である。小樽において蜃気楼の学術的な研究が行われた例はなく、近年における出現記録、写真撮影は、筆者によるもの以外にはない。 上位蜃気楼が出現するための条件として、下層が冷たく、上層が暖かいという気温の逆転層の形成が必要である。本研究により小樽沖石狩湾の蜃気楼がどのような条件の下で出現していたのか見いだしていく。さらに西蝦夷日誌に記されている天気ことわざ「蜃気楼出現後に降雨がある」の確実性についても考察を行う。 |
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小樽沖の蜃気楼の出現の確認をするために、2000年4月から小樽市高島において双眼鏡と望遠カメラを用いて適宜観測調査を行うと共に、5月よりインターバル撮影機能のあるデジタルカメラを小樽市高島に2台設置し、石狩湾新港と小樽市銭函の2方向の撮影を行った。それら撮影画像の分析により蜃気楼出現の判断を行った。 蜃気楼出現時の石狩湾周辺(小樽、山口(手稲)、石狩、札幌)における気象要素(気温、風向、降水量など)や気圧配置のデータ収集した。さらに小樽市高島沖における海象要素(水温、塩分濃度)のデータを収集した。そして蜃気楼出現において重要な要素となる海面温度とその上の気温を観測すべく小樽市銭函沖に観測ブイを設置した。 観測・収集したデータから石狩湾周辺の気象・海象要素についての解析を行い、蜃気楼出現に寄与する要素を解明する。さらにそのときの総観規模における気象現象との関係から、降雨現象との関連性についての考察も行う。そして蜃気楼出現のためのメカニズムを構築する。 |
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2000年における蜃気楼確認回数は5回であった。 銭函沖の観測ブイのデータから、蜃気楼出現時においては海面温度よりもその上の気温は高くなっており、逆転層が形成されていることが確認された。石狩湾周辺の気象観測点における気温は、海面温度よりも高く、特に石狩、山口、札幌の気温上昇が顕著であった。風向については、石狩、山口、札幌で南東寄りの風、小樽では特に定まった風向系は認められなかった。観測ブイの南東方向にある山口気象観測点で、日中に南寄りの風が吹いているときには、観測ブイの気温は海面温度よりも高い。このことから蜃気楼が出現するための海上における逆転層の形成には、南風による暖気の移流が大きく寄与していると考えられる。以上のことから、蜃気楼の出現には「海面温度よりも気温が高く南東寄りの風が吹く日」が条件として考えられる。これは筆者の事前の考えとほぼ同じである。この考えに基づき観測を行った1998年には3回、1999年には2回の蜃気楼を確認していた。ただし小樽での風向が特に南寄りである必要はなく、北寄りの風の場合でも蜃気楼が出現していた。 蜃気楼出現のためには海面温度が相対的に気温よりも低いことが条件である。そのための要因として融雪水などが河川から流入してくるからだと考えられていた。融雪期の河川水の流入により、小樽沖の表層水の塩分濃度低下は認められるものの、水温については顕著な低下は認められていない。さらに2000年においては河川の渇水期である7月にも蜃気楼が確認された。このことから今までいわれていた融雪水などの河川水の寄与は大きくないと考えられる。それよりも季節的な海水温上昇が、海洋の大きな熱容量のため、気温の上昇よりも遅くなり、春から夏にかけて水温と気温との較差が生じることの方が大きく寄与すると考えられる。 1998年から2000年までに計10回の蜃気楼を確認している中で、その当日あるいは翌日までに、石狩湾周辺域で降雨現象があったのは9回である。残りの1回については翌日に小樽で霧が発生している。このことから「蜃気楼出現後に降雨がある」という天気ことわざは、確実性が高いことがわかった。蜃気楼出現時の天気図による気圧配置を解析すると、多くの場合、北海道の北もしくは北西に低気圧があり、前線または気圧の谷が近づいてくるようなときであった。そのため当日もしくは翌日までに降雨現象があるのであろう。 蜃気楼出現のための石狩湾上における気温の逆転層の形成メカニズムとして、総観規模的には北海道の北にある低気圧へ向けて南の高気圧から風が吹き込んでいて、局所的には石狩湾周辺で南寄りの暖かい風が吹いている時に、その暖かい空気塊が相対的に温度の低い石狩湾上に移流していくためだということがわかった。これにより総観的な気圧配置と石狩や山口における局所的な気象要素から蜃気楼出現の予測が可能となった。 |
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石狩湾上に気温の逆転層が形成されやすい特有の要因がなんであるのか研究を続けていく必要がある。南風が暖かい原因として、日照によって暖められた陸地の影響があるのか、それとも山岳を越えることによって起こるフェーン現象の影響があるのか、道央圏の気象要素を総観的に解析し考察する必要がある。 それとは別に、単に他の地域で蜃気楼の報告例がないだけで、道内各地で起こっている可能性もある。実際に小樽では蜃気楼が毎年のように出現していたと思われるが、近年においては筆者以外に報告例がなかった。他地域でも蜃気楼の観測調査を行うことによって、蜃気楼出現の普遍的なメカニズムの構築が可能となるであろう。 |
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