サハリン石油ガス・プロジェクトの経済評価と北海道経済への影響分析

小田福男(小樽商科大学商学部商学科/教授)
李濟民(小樽商科大学商学部商学科/教授)
桑原康行(小樽商科大学商学部企業法学科/教授)
瀬戸篤(小樽商科大学商学部経済学科/助教授)
佐古田彰(小樽商科大学商学部企業法学科/助教授)
山本充(小樽商科大学商学部社会情報学科/助教授)


背景・目的

 現在、サハリンでは、アメリカやわが国の資本参加の下に大規模な“石油・天然ガス開発プロジェクト”が進みつつあり、近々本格的な生産段階に入ろうとしている。このことからサハリンにおいては、インフラ整備が今後急速に進むこと、耐久消費財等の需要が増大すること、輸移入依存率の上昇から貿易量が増加することなどが予測され、今後急速な経済発展が見込まれる。このため日本や韓国などの北東アジア地域は、サハリン経済の影響を大きく受けることが予想されるため、地域間相互の影響を分析することが地域経済計画に有用な情報をもたらすと考えられる。そこで本研究では、サハリン地域の健全な経済発展に資する北海道を中心とした日本の経済活動の方向性を示すことを目的とし、調査・分析を行った。

内容・方法

 地域分析、プロジェクト分析、法律分析、産業分析の複合的研究からサハリン地域の長期的な発展方向を予測することはこれまで行われておらず、研究成果がサハリン地域はもとより日本・韓国などの北東アジア地域における今後の経済計画に貴重なデータを提供できると考えられる。具体的な分析内容・方法は以下の通りである。(建設業における地域間経済の分析)サハリンにおける建設業界の課題を分析し、建設需要の増大が予測されるサハリン地域への技術移転方策や経営参加・投資方向を明確にし、建設業における地域間関係を追究する。(サハリンの地域構造分析)サハリン州の部分地域となる主要都市の地域特性、地域間相互作用、ネットワーク、産業構造などについて現状分析し、各主要都市の機能を整理し今後の発展性について予測するとともに計量モデルの構築可能性を追究する。(石油・天然ガス開発プロジェクトの影響分析)開発主体の投資動向やプロジェクトにより誘発された雇用やインフラ整備などを整理し、サハリン州内と北海道を中心とした日本へのプロジェクトの波及効果を予測する。(国際的法整備状況の分析)日露間の貿易と直接投資に係る法律的規制の現状を分析・把握し、円滑な経済交流に資する法整備の方向性を追究する。

結果・成果

 マクロ経済、ミクロの企業経営、法律の各分野から構成された研究チーム(小田福男、桑原康行、李濟民、瀬戸篤、佐古田彰、山本充)は、サハリン石油・ガス開発とそれがもたらす多方面の影響、とくに北海道の経済活性化との関連を調査した。具体的には、地域・プロジェクト分析においては、この開発プロジェクトの進捗状況を最新の資料でまとめ、サハリン州政府に配分される金額の推計を試みた。それは年間約1,500億円となる。そのうちの大部分は州内で使用される。開発プロジェクトがもたらすサハリン州および北海道への経済的波及効果を分析するために、新たに計測モデルを表計算ソフトウェア上に構築した。建設業分析においては、サハリンの住宅産業の現状を分析し、個別企業のケース分析を行い、今後、3000〜5000戸/年間の住宅需要が見込まれることを明らかにした。そして、その需要を充たすために北海道の住宅企業が実行すべき方策を検討した。さらに、一般に北海道企業がサハリンに進出する際に留意すべきポイントを明確にした。法律的側面の分析においては、国際投資の保護に関する国際法的分析を行い、欧米諸国と比較して日本の場合、ロシアへの投資の保護体制がかなり遅れていることを明確にした。また、貿易取引に関する法的規制を分析し、この分野での法的規定は比較的整っていることが明らかになった。以上の研究成果は、小樽商科大学北東アジア−サハリン研究会編『サハリン石油・ガス開発プロジェクトと北海道経済の活性化』(小樽商科大学経済研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズNo.44,1998年5月)、として刊行されている。さらに、今年度の報告書では、第1章でサハリン石油・ガス開発プロジェクトをめぐる最近の動向を報告している。第2章では、最新資料に基づいてサハリンの人口構造を分析することによって、サハリン州内の地域構造分析の基礎を提供している。第3章では、昨年から引き続いてサハリンの住宅産業を分析し、北海道の住宅産業との交流可能性を分析している。第4章は、1998年10月、韓国の慶尚国立大学で開催された国際シンポジウム「変貌する世界経済」において、李濟民教授が報告した「サハリンプロジェクトへの外国直接投資と住宅産業の可能性」を印刷したものである。第5章では、企業の対外事業活動の一つであるライセンシング活動、つまり特許権を供与する事業活動に注目し、北海道企業がロシア地域を対象としてこのライセンシング戦略を構築する可能性を検討している。第6章および第7章は、国際的な法律問題を検討している。第6章では、貿易取引に関する法規制、とくにソビエト時代及びロシアになってからの法規制を検討している。これは、ロシアとの貿易取引の法的バックグラウンドを理解するうえで大いに参考になる。第7章では、外国投資の保護に関する諸問題、とくに日本とロシアとの関係における投資保護問題が詳細に分析されている。昨年(1998年)11月に締結された「日ロ投資保護協定」の全文が資料として添付されている。この文書は、日ロ間の投資保護に関する最重要な法的文書であり、これまで入手が困難であったものである。以上の多面的な分析から、サハリン石油ガス・プロジェクトと北海道経済の関係について、各種の有効なデータが得られた。すなわち、その経済交流の可能性および有効性は高く評価され、一層の交流促進が北海道経済にとっても望まれる、という結論が得られた。

今後の展望

 地域・プロジェクト分析においては、プロジェクトの進捗状況を引き続き把握するとともに、計測モデルをさらに精緻化し、それにインプットする人口動態や生産額などの社会経済データ情報を収集する。建設業分析では、サハリンの住宅産業が抱えている課題を資金面、技術面、人材面で詳細に分析し、それらの解決のために行政や国内企業がいかに協力できるかを明らかにする。法律的側面の分析においては、ロシアと日本との投資および貿易関係を重点的に取り上げ、課題等を分析する。上記のような研究を進める中では、サハリン地域の具体的な地域像を明確に示すこと、各経済主体の問題点と活動方向を明示的にすること、および健全な経済発展を支援する法整備の姿勢を示すことが研究の課題として重要であると位置付けている。