LRT(新型路面電車システム)の導入と展開に関する研究

吉岡宏高(まちづくりコーディネーター)
大坂谷吉行(室蘭工業大学工学部建設システム工学科/助教授)
石川成昭(日本データサービス(株)計画調査部/主任)
鈴木等((株)北海道日建設計計画室)
大西正泰(札幌市企画調整局計画部都市計画課/都市景観主査)
藤川和男(札幌市手稲区税務部税務課)
米森宏子(札幌市保健福祉局生活衛生部生活環境課)


背景・目的

 LRT(Light Rail Transit System=新型路面電車システム)は、低廉な建設・運行コスト、乗降の容易性、高速・高頻度運行などの特性を持っている。LRT導入を軸にした、都市構造や都市交通の再編を通じて、都市の持つ課題の解決が期待されている。欧米では、LRTを軸にした都市構造の革新が加速している一方で、我が国では旧来型の路面電車から脱却できずにおり、世界的な潮流に遅れをとっている。LRTの導入は、単に輸送手段の変革だけではなく、都市問題の解決に幅広く効果をもたらすことが期待されるため、早急な導入の具体化とシステム技術の確立が求められている。
 本研究では、寒冷積雪地である札幌の都市特性にあったLRTの新規導入に関する方策について検討するとともに、LRT関連技術をベースにした産業コンプレックスの展開可能性について考察した。

内容・方法

 欧米の先進的導入事例を参考に、LRTシステム構築にあたって重要となる諸要素の抽出や、導入効果などを分析した。これら考察をもとに、展開可能性についての諸要因を把握するため、札幌の都市将来像から導き出されたLRT導入の具体例に従って、ケーススタディーを行った。
 ここから、北海道独自のLRTシステムの概念を構築するとともに、新規導入にあたっての課題・方策について検討した。特に、北海道独自のLRTシステムを、積雪寒冷地の札幌が持つ特有の技術要素と組み合わせることによって、都市工学的な可能性を検証するとともに、製造業などの産業コンプレックス形成への展開可能性について考察した。
 我が国では、LRTをシステムとして体系化し具体化した都市がないことから、北海道での導入が実現した場合、一挙に国内における先進地となり得る。特に、積雪寒冷地での導入事例は世界的に見て希有であり、今後の国際展開の可能性も十分視野に入れたテーマである。
 また、単に科学技術的な要素からの検討をするのではなく、都市問題の解決など社会科学的な観点からアプローチし、これを都市工学や製造技術などの産業技術蓄積のドメイン設定に昇華させるという視点に、本研究の独自性がある。

結果・成果

 激しく変動する経済・社会情勢の下で、札幌は重大な転機を迎えている。公共投資への依存体質や、脆弱な経済基盤から脱却し、自律的な都市の発展を指向しなければならない。その原動力となるのは、市民の自立・活性化であり、「暮らす」ことと「稼ぐ」ことの循環が成立する都市構造を構築しなければならない。
 今後の札幌の発展系は、市民主体の豊かな社会を札幌独自の基準で構築することにある。そのためには、都市の体質改善と、外の血を入れて栄養を補給する仕組み(=稼ぐ・交流…)の、両面からの取り組みが不可欠である。都市の体質改善は、金太郎飴のような画一的・管理的な地区政策から脱却し、個々の地区の自決権を確立して、多様なニーズに応じたエリア単位の個性化が必要であり、「穏やかに縮む」ことが目標となる。経済的に自立的な都市構造の構築では、明治初期の札幌にならって、まずは「実験都市」として活路を見出すことを提案する。このような新しい札幌を支える都市システムを、“イクラ−筋子−ウニ”の関係に例えて具体的に構想した。公共交通は、新しい都市システムを支える重要な役割を果たすが、その主役となるのは、低負荷型の交通手段のLRTである。
 LRTは、従来の路面電車とは違う新しいタイプの都市型の交通機関であり、都市内の中量輸送手段として、地下鉄に比べ建設・運営コストや利用のしやすさに勝り、バスに比べて輸送力や環境負荷の面で優れている。また、LRTを仲立ちにして、バス・地下鉄・鉄道など公共交通を有機的に連結することができる。チンチン電車から脱皮してLRTを導入するためには、低床化など車両の技術革新、自己改札制など運賃支払方法の改善、自動車との分離など走行空間の確保、建設費・運営費の補助など都市インフラとしての公的支援などの総合的な対策が不可欠である。
 札幌で、実験的・段階的にLRTを導入することによって、まちづくりへの効果が期待できるとともに、将来の産業展開も構想することができる。札幌では、1960年代に路面電車界で画期的な取り組みを行った実績があり、その火種は今も残る8.5dの市電に宿っている。札幌でLRTを導入する場合の、段階的な整備ステップ(2段階3ステップの段階的な導入)、タイプ別の路線構成(都市内型/補完型/延長型)を検討し、パイロットプランを提示した。さらに、導入の課題となる3つのポイント(自動車との関係はどうするのか、LRT車両技術の確立と産業集積、建設・運営財源の調達)と、導入後の具体的なデザイン(走行空間とまちづくり、快適な都市生活、他の交通機関との連係)についてスタディーした。
 これらの検討から、解決しなければならない課題は多いものの、具体化の過程で課題を解決して行くことによって、札幌におけるLRTの導入効果は大きく、早急に具体化に向けて本格的な検討を進めるべきであるという結論に達した。

今後の展望

 LRTは、新しい札幌をデザインするための起爆剤であるという性格が浮かび上がってきた。
 具体化に向けたアクションプログラムを展開する上で、解決しなければならない課題は多く、市民・企業・行政・大学など各々が明確に役割を認識し、具体化に向けた取り組みを進める必要がある。
 まずは、市民の関心を喚起し、LRTの特性を的確に伝達する取り組みを進めるとともに、自動車交通との関係やLRT車両の基礎的な研究の開始など、個別の課題についてより詳細な検討が必要である。