アニサキス属線虫特異的単クローン抗体の樹立と血清診断への応用

高橋秀史(札幌医科大学医学部第一病理学講座/講師)
藤本哲也((株)札幌イムノ・ダイアグノスティック・ラボラトリー)
石倉肇(札幌医科大学医学部病理学講座/非常勤講師)


背景・目的

 胃アニサキス症の診断と治療は内視鏡的に行われるが腸アニサキス症では診断が困難な症例も多い。そのため腹膜炎などの急性腹症や腫瘍を疑われて開腹手術がなされてはじめてアニサキス症と診断される例が多い。術前に腸アニサキス症と診断されたなら、イレウス症状への保存的治療法で良い。魚介類の生食の既往や適切な腹部所見を得ることによりアニサキス症を疑うことは可能だが確定に至らない症例も多い。そのため適切な補助診断法、特に血清診断が望まれている。

内容・方法

 北海道近海産の鱈からアニサキス線虫を採取しPBS中にてホモジェネートし粗抗原を作製し、Balb/cマウスに免役し、免疫脾細胞とNS-1骨髄腫細胞を細胞融合しHybriodmaを樹立した。P.dicipiens抗原によるELISAにてスクリーニングした。ELISAはプレートにP.dicipiens抗原を吸着し、Hybriodoma上清を加え、peroxidase結合ウサギ抗マウス抗体にて検出した。またA.simplex抗原との反応性も同様にELISAにて検討した。Excretory-secretory(ES)抗原は、PBS中でP.dicipiens幼虫を5日間維持しその上清から調整した。A.simplex抗原は同様にして作製し抗体との反応性を検討した。western blotは10%SDS-PAGEに抗原を泳動し、nitrocellurose膜に吸着し、培養上清にて検出した。アニサキス症の虫体と血清は協力を依頼した施設から臨床情報と共に提供して頂き、形態的特徴あるいは遺伝子的特徴から原因虫体を同定し、その患者血清と上記単クローン抗体を用いたサンドイッチELISAにて患者血清の相対的抗体価を測定した。

結果・成果

【単クローン抗体の樹立】

 15種の単クローン抗体を樹立し、これらはグループ1)P.dicipiensに反応するがA.simplexに反応しない抗体9クローン(#70,#123,1E1,1E12,1G9,3D6,1C12,1E6,4C11)、グループ2)P.dicipiensとA.simplex共に反応する抗体が6クローン(#129,2B2,4A7,1B5,3C1,4D8)に分類された。この内、10クローン(#70,#123,1E1,1E12,1G9,2B2,3D6,1C12,1E6,4C11)はP.dicipiensのES抗原とも反応した。
【単クローン抗体によって認識される抗原】
 western blotによって抗原特異性とその分子量について検討した。P.dicipiensに反応するがA.simplexに反応しないクローン中、#70,1E1,1E12,1G9,3D6,1E6については同様の特異性が確認され、#70は110kDa、1E1は120kDa、1E12は10〜70kDaの複数の抗原、1G9は30〜120kDaの複数の抗原、3D61はE12と類似する複数の抗原、1E6は120kDaと40kDa前後の複数の抗原をそれぞれ認識することが示された。P.dicipiensとA.simplex共に反応するクローン中、#129,1B5,3C1についても同様の特異性が確認され、#129は40kDa前後の複数の抗原、1B5は100〜120kDaの複数の抗原、3C1は20〜40kDaの複数の抗原をそれぞれ認識することが示された。ES抗原を認識するクローン中、#70、#123、1E1、1E12と3D6は同様に複数の抗原、1G9、2B2、1C12、1E6など、ELISAと同様の結果が示された。
【単クローン抗体を用いたサンドイッチELISAの試み】
 上記単クローン抗体とアニサキス症血清を用いたサンドイッチELISAを試みた。用いた患者血清はA.simplexによるアニサキス症7名、P.dicipiensによるアニサキス症3名である。アニサキス症の症状や白血球数などにおいてA.simplexとP.dicipiensでの差異は明らかではなかった。ELISAプレートに腹水から精製した単クローン抗体を吸着し、P.dicipiens抗原を結合し、患者血清を加え、さらにペルオキシダーゼ結合抗ヒト血清で検出した。このシステムではO.D.0.05以上を陽性と考えられるが、今回用いたアニサキス症血清ではいずれも陽性となりP.dicipiensでやや高い吸光度を示す傾向であったが、A.simplexとP.dicipiensによるアニサキス症の間での差異は明瞭ではなかった。

今後の展望

1)今回は症例数が十分得られなかったため、原因虫体の判明したアニサキス症の血清診断をさらに検討する必要がある。
2)P.dicipiens反応性単クローン抗体を用いた抗原の局在の免疫組織学的検討、ホルマリン固定材料でも反応するならば人体組織や生検材料でも虫体の同定も期待される。
3)Affinity columnによる抗原の精製による血清診断の精度の向上と将来的な遺伝子クローニングによるリコンビナント蛋白による血清診断の検討。