環境に配慮した古紙のセルロース資源としての高度利用技術

吉田孝(北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻/助教授)
三浦正勝(工業技術院北海道工業技術研究所/主任研究官)
中林和夫(夕張木炭製造(株)/常務取締役)


背景・目的

 北工研では寒冷地木材のマイクロ波熱分解法により無水糖類、新木酢液、高品位活性炭等が得られることを見出し、北大では無水糖類の開環重合法により抗HIV作用を持つ硫酸化多糖類の合成に成功した。
 再生紙は、繰り返し再生するたびに繊維長が短くなり使えなくなる。最終的にはゴミとして焼却廃棄され環境汚染の一因となっている。再生不可能になった古紙のマイクロ波熱分解生成物からは、有効利用できる無水糖類が製造できる。本研究では古紙を次世代に向けた新しい資源として活用することを大きな目的とする。無水糖類はエイズやウイルス病治療薬の原材料、種々の配糖体を含む医薬品の原料等としての製品開発を目指す。

内容・方法

(1)古紙のマイクロ波急速熱分解条件の検討

 北工研に設置されている小型マイクロ波熱分解装置(2450MHz、出力〜1.5kW可変)を用いた。電話帳古紙200gをマイクロ波照射装置内に設置し、毎分5リットルのN2下、装置内部を660mmHgに減圧して所定時間マイクロ波を照射し熱分解を行った。使用電力、炭化物、生成タールの収率などを詳細に検討した。
(2)生成タールから無水糖類の回収
 生成タールをトリメチルシリル化試薬によってシリル化しガスクロマト装置によって無水糖類の生成比率を定量した。
 タール中から無水糖類の回収は、有機溶剤による油溶性成分の分離と残りの水溶性成分を極性の異なる溶媒によって抽出し無水糖類(レボグルコサン)を結晶として取り出した。また、タールの水分を完全に除去したあとピリジン−無水酢酸によってアセチル化を行いシリカゲルカラムクロマト法によりレボグルコサンアセチル化物を単離した。
(3)高付加価値化と製品開発
 レボグルコサン(無水グルコース)の水酸基をベンジル基などで保護し、開環重合法によってポリマー化した。ベンジル基の脱保護による水酸基の再生および硫酸化を行い抗HIV作用など特異な生理作用を持つ多糖類へと導き、高付加価値化を検討した。

結果・成果

 電話帳古紙を切断して200g秤量し、北工研型マイクロ波照射装置を用いてマイクロ波を照射した。熱分解終了後、古紙は縦横方向に収縮し高さ方向に膨脹した。熱分解生成物は、固形残渣(炭化物)、タール、低沸点液体およびガスであった。
 マイクロ波照射時間と回収された炭化物の収率との関係を調べた。マイクロ波照射を3分から17分間行ったところ、7分以上の照射時間でタールが得られることが分かった。10分間照射すると炭化物収率が約20%になり、13分では電話帳は炭化し炭化物収率は17.4wt%、タール収量は64g(古紙から収率31.9%)、タール中に含まれるレボグルコサンは16.9wt%(電話帳から収率5.38%)となった。これは木材由来タール中のレボグルコサン濃度の約2倍になっている。さらに照射時間を延ばしたところ、15分ではタール中に含まれるレボグルコサンは16.4wt%(電話帳から収率5.97%)、17分では電話帳から6.16%の収率でレボグルコサンが得られることが分かった。
 タールからのレボグルコサンの回収は、油溶性生成物を有機溶剤等で初めに抽出除去し極性の異なる溶媒を加えて水不溶物を濾別し水溶性のレボグルコサンを回収した。レボグルコサンはエタノールから結晶化させた。また、タールの水分を完全に取り除きピリジンと無水糖類を用いてアセチル化しカラム分離することにより無水糖類のアセチル化物を回収することが出来た。さらにセルロースの含有量が高いろ紙の場合では同様のマイクロ波熱分解条件で、12分程度マイクロ波を照射するとタール66.6g(33.2%)、レボグルコサン濃度は26.3wt%に達することが明らかになった。この条件での消費エネルギーは、電力に換算して0.46kWh、
 得られた炭化物とタールの元素分析値から炭素として約70%が固定化されたと考えた。得られたレボグルコサンをベンジル化、アジド化したモノマーの開環重合を行ったところアミノ多糖へと変換できることが分かり、アミノ基や硫酸基の割合によって高い抗HIV作用を示す硫酸化多糖類へと導くことが出来た。

今後の展望

 紙は木材から生産され、再生産可能な天然資源である。繊維長が短くなり再生不能になった古紙はセルロース資源と考えられる。本年度の研究結果から電話帳古紙から6%の収率でレボグルコサンが得られることを見出した。そこで、マイクロ波急速熱分解法の照射リアクターの改良等によりさらなる収率向上を目指し、高度な生理活性を持つ多糖類の合成原料やレボグルコサンを原料にした石油代替プラスチックスの製造など広範囲での応用研究を実施し、レボグルコサンの製品化を行う。