ボツリヌス神経毒素による中毒防御法の開発研究

西村昌数(帯広畜産大学畜産学部/教授)
清水祥夫(帯広畜産大学地域共同研究センター/助教授)


背景・目的

 ボツリヌス神経毒素の毒性を防御する方法を案じた。毒素を別の分子に結合させ、毒素の活性を失わせる手段である。たとえある食品中にボツリヌス神経毒素が存在したとしても、共存する活性物質により常に毒素が無毒化されるならば、中毒は危惧されない。申請者は、そのような有効活性物質を自然食品中に発見した。本研究は、その食品中に発見したボツリヌス神経毒素中和物質の特性を明らかにすると共に、別の毒素に対する機能的演繹を含め、本活性物質をボツリヌス神経毒素と共に経口的に投与した場合の影響について知見を得ることを目的とした。

内容・方法

 ddY系の雄性マウスから左側横隔膜神経筋標本を作成した。標本を95%O2と5%CO2の混合ガスを通気した標準代用液中に沈め、その神経および筋層を電気刺激(0.1msec,0.1Hz,最大上刺激電圧)し、等尺性の攣縮反応を指標とした。
 2gのちゃ葉を沸騰蒸留水15pと2分間反応させた。抽出液をWhatman No.2を用いて濾過した。紅茶(生協、東京)、緑茶、ほうじ茶(宇治園、東京)、烏龍茶(伊藤園、東京)を用意した。お茶由来活性物質として、タンニン酸(和光、大阪)、カテキン(栗田、東京)およびテアフラビン(シグマ、米国)を用意した。A型、B型およびE型ボツリヌス毒素(和光、大阪)を用意した。タンニン酸、カテキン、テアフラビンおよびボツリヌス毒素は0.05Mのリン酸緩衝液(pH6.0)に溶解した。お茶抽出液とボツリヌス毒素溶液とを当量比で混合した。タンニン酸、カテキンおよびテアフラビンはボツリヌス毒素に対する重量比を1〜50倍として混合した。クロストリジウム属産の破傷風毒素も調べた。毒素を経口的に与える試験では致死作用を指標とした。神経伝達物質の放出は、マウスの横隔膜神経筋標本における細胞内電極法で判定した。

結果・成果

 神経刺激に対する攣縮反応は全ての茶葉抽出液の単独適用下で安定した反応を示した。攣縮反応はA型、B型およびE型のいずれのボツリヌス毒素(1.5nM)の添加により40〜45分後には消失した。この抑制作用は紅茶の抽出液との混合で阻止された。紅茶抽出液の毒素中和作用は、抽出液を作成した後密閉容器中にて室温下で1週間放置したことで促進した。この阻止作用は少なくとも3時間持続した。同様の阻止作用はほうじ茶の抽出液にも認められた。しかし、緑茶および烏龍茶の抽出液、あるいはタンニン酸、カテキンおよびテアフラビンにはそのような阻止作用を測定できなかった。Clostridium属で共通する破傷風毒素にも攣縮反応を選択的に抑制する作用を認めた。破傷風毒素の作用も紅茶の抽出液で阻止された。しかし、紅茶の抽出液はフグ毒であるテトロドトキシンには無効であった。別の実験において、細胞内電極法により終板電位の振幅を指標としてボツリヌス毒素と紅茶抽出液の相互作用を確認した。
 A型ボツリヌス神経毒素をマウス1個体当たり50μgを経口的に投与したところ、24時間以内に全例が死亡した。この作用も紅茶の抽出液と毒素を混合して与えたところ阻止された。
 本成績は紅茶およびほうじ茶の抽出液が選択的にボツリヌス神経毒素の作用を阻止することを示した。一般的なお茶の成分の中で、可能な候補物質として調べたタンニン酸、カテキンおよびテアフラビンにはそのような阻止作用を全く認めなかった。したがって、紅茶やほうじ茶の中の有効成分については不明であった。報告によれば、テアフラビンの重合によりテアルビジンが合成され、この成分は紅茶の褐色成分で、紅茶の抽出液を放置すると褐色度が高くなる。本実験でも、紅茶抽出液を1週間放置したところ、その毒素作用の中和能が強化されることを認めた。テアルビジンは蛋白質やおそらくは多糖類とも結合しうるという。したがって、残された可能なボツリヌス毒素中和物質の候補としてテアルビジンに注目している。
 本有効成分はClostridium属の別の病原微生物が産する破傷風毒素に対しても有効であった。よって、本成分はClostridium属の産する毒素に対して共通して有効である可能性が高い。このことは、本有効成分を破傷風毒素中毒に際して治療に応用できる可能性を提案したい。なお、毒素中和因子は経口的に投与した場合でも毒素の作用を阻止したことから、飯寿司や鮒寿司へ混入した場合の有効性を予測した。

今後の展望

 ボツリヌス神経毒素の経口毒性を中和した紅茶抽出成分の作用から、実際に飯寿司に添加した場合の有効性を確認して応用の途を開きたい。紅茶抽出成分の有効性を腸管出血性大腸菌(O-157)のベロ毒素に対して調べたい。