「新しい植物プロモーターのデザイン」のためのモデル手段の開発

山崎健一(北海道大学大学院地球環境科学研究科/助教授)
大江田憲治(住友化学工業(株)生命工学研究所/主席研究員)


背景・目的

 次世代組換えDNA 作物の作出の試みにおいて、発現させるべき有用遺伝子を計画どうりに発現させるための技術開発は、商品価値の高い作物作出のためにも、予測できない潜在的な危険性の回避のためにも重要である。この研究では、植物のRNA ポリメラーゼ2・基本的転写因子・転写情報仲介因子・塩基配列特異的転写因子の間における相互作用を解析し、立体構造的位置関係を明らかにすることにより、タンパク質の側からのアプローチによる、「新しい植物プロモーターのデザイン」のモデル手段の開発を試みる。

内容・方法

 現在商業的に有用なプロモーターを構築するためにとられている手段は、自然に存在するプロモーター中の配列のうち目的を満たすのに必要なDNA 配列以外の機能不明のDNA 配列を除去した後、さらに別の性質をも合わせ持つ「自然界に存在しない新しいプロモーターのデザインをする」というものである。この段階に入るとプロモーター機能の解析も2箇所以上のDNA 配列を同時に相手にしなければならなくなり、従来の単純なレポーター遺伝子の発現量の比較だけでは解析不能の状態になり、研究の発展速度の低下は避けられなくなる。「新しいプロモーターのデザイン」に際して、プロモーターをアッセンブリーの足場として転写を実行する主体である転写装置についての詳細な知識の蓄積が決定的に重要となる。我々の研究室では、この転写装置を生化学的に研究する手段である試験管内転写系を世界に先駆けて開発しており、既に特許を取得している。このアプローチは我々独自のものであり、独自性・新規性の高いものである。

結果・成果

 スペースの関係で詳しい結果を全て述べることは出来ないので、研究成果報告書に書かれた結果から得られた、現段階での仮説を説明します。エチレンによって植物に与えられた刺激によってこれに応答するシグナルトランスダクションパスウェイが働いた結果、ERFs の生合成が行われます。この結果作られた、ERFs はMBF1 と相互作用することによってDNA との親和性を増し、より多くのERFs がDNA 上に結合出来るようになります。DNA に結合したERFs はTBP と相互作用しDNA 上でのpreinitiation complex 形成頻度を増大させることによって転写量の増加を引き起こしているものと考えられます。今後は、他のERFs の転写活性化におけるMBF1 の働きについて、DNA 上でのERFs,MBF1,TBP の三者の関係、ERFs,MBF1 の核への移行方法、ERFs,MBF1,TBP それぞれの間の結合様式などを調べエチレンによるERFs を介した転写活性化の機構についてより詳細に調べていきたいと考えています。
 これまでの研究により、エチレン応答性のエレメントを含むプロモーターを植物体内で効率的に働かせようとすると、ただ闇雲にエレメントを何コピーか付ければよいかというと、そうではなく、転写増幅因子であるERFも、転写情報仲介因子であるMBF1も核内に存在していなければならず、それらが組み合わさってはじめて、このプロモーターが効率的に働くことが証明されました。この様に「新しい植物プロモーターのデザイン」の為には、転写を実行する側の転写装置の組み上げ方に関する知見が決定的に重要であることが見て取れる。今後の次世代組換えDNA 作物の作出の試みにおいて、発現させるべき有用遺伝子を計画どうりに発現させるためには、プロモーター機能の研究とあわせて転写装置そのものに関する研究がますます重要になってくることは疑いのない事実である。

今後の展望

 今後、様々な調節機能を持つ複数のDNA 配列を組み合わせて「新しいプロモーターのデザイン」をする段階において、転写装置の研究がサブユニット間相互作用の解析レベルでさらに精力的に行われることにより、想定される研究の停滞を回避することが出来る。この種の研究がプロモーターの理解に画期的な変革をもたらしつつあることは、ヒト・酵母・ショウジョウバエの分野の研究によって示されている。植物の転写装置に関する知見が蓄積されれば、安全で好ましい組換えDNA 作物の作出のためにも重要な情報を供給することになり、我々の食生活を、より安全なものとすることにつながる。