Tissue Engineeringに基づくスーパー肝機能補助システムの開発研究

坂田博美(旭川医科大学附属病院第二外科/助手)
高山尚(群馬大学医学部第一内科/助手)
佐藤真紀(三菱化学(株)研究開発本部横浜総合研究所/主任研究員)
葛西真一(旭川医科大学第二外科学講座/教授)


背景・目的

 近年、臓器移植による臓器置換が、医療として定着しつつあるが、ドナー臓器不足などの限界は明らかである。従って今後は、臓器の再構築によるTissue Engineering(医再生工学)が、21世紀の医療の方向性となると考えられる。我々はこの観点から、以前より、人工肝臓及び肝細胞移植の開発研究を行ってきた。
 本研究では、肝細胞の最強の増殖促進因子である、肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor/Scatter Factor;HGF/SF)に着目し、HGF/SFを強制発現したスーパー肝細胞を用いて、人工肝臓及び肝細胞移植に及ぼすHGF/SFの効果を検討した。

内容・方法

(1)肝細胞分離および培養

 正常FVB/Nマウス(以下WT)及び肝細胞増殖因子トランスジェニックマウス(以下TG)肝臓から、コラゲナーゼ灌流法で肝細胞を分離した。分離肝細胞は、ラミニン処理したプレート上で初代培養した。培養液は、DMEM/HAM'sF12(50%vol./vol.),10%FBS,ITS(5ug/p),dexamethasone(0.1uM),streptomycin(100ug/p),penicillin(100ug/p)を用いた。
(2)アンモニア負荷試験
 2.88×106個の肝細胞を初代培養して、培養後3日目に、アンモニアとして約1700ug/dlとなるようにNH4 Clを上記培養液に負荷し、37℃CO2インキュベーター内で培養し、経時的に培養液中のアンモニア濃度を測定した。
(3)肝細胞の脾臓内移植
 2×106個の肝細胞を、マウス脾臓内に25ゲージ針で移植した。
(4)脾臓内移植肝細胞の形態及び機能の評価
 細胞移植後、約1ヶ月毎に脾臓を摘出して、移植肝細胞の生着を観察した。NIH/Image(画像解析ソフト)により、脾臓内の生着肝細胞数を計測し、単位面積当たりの生着肝細胞数を算出した。脾臓内移植肝細胞の機能を検討するために、アルブミン等の肝細胞特異的な蛋白およびmRNA発現を検出した。脾臓内移植肝細胞のDNA合成は、PCNAの免疫染色で評価した。

結果・成果

(1)HGF/SFトランスジェニックマウスから分離された肝細胞のin vitroでの肝機能補助能の検討。
 上記の培養条件で、培養3日目にアンモニア負荷試験を行ったところ、正常マウス肝細胞は、全くアンモニアを分解しなかった。一方、同一条件で培養したTG肝細胞は、約22%のアンモニア解毒能を示した。
(2)HGF/SFトランスジェニックマウス肝細胞を用いた脾臓内肝細胞移植。
 移植後64週間の長期間にわたり脾臓内に移植された肝細胞を観察した。その結果、正常FVB/Nマウス肝細胞は脾臓内でほとんど生着しなかった。一方、HGF/SFトランスジェニックマウスから分離された肝細胞は、同系マウスの脾臓内で細胞塊となって著明に生着していた。
 移植後64週間後までの脾臓内移植肝細胞数を、NIH/Imageによる画像解析で分析すると、統計学的有意差をもって、トランスジェニック由来の肝細胞が、野生型の肝細胞より脾臓内で生着しているのが認められた。高倍率でさらに検討すると、移植後64週間目で、肝細胞は柵状構造をとっており、脾臓内で移植肝細胞が組織構築していることが示唆された。しかし、移植肝細胞の癌化や、胆管系の細胞の増殖は認めなかった。
 脾臓内移植肝細胞の機能を検討するために、transgeneHGF/SF mRNA,Albumin mRNAの発現を検討したところ、移植後4週間目からこれらの発現が認められ、その後64週間目まで漸増した。さらに、脾臓内の移植肝細胞は、PAS陽性、免疫染色でAlbumin陽性であった。
 肝細胞増殖因子の移植肝細胞に対するmitogenic effectを検討するために、脾臓内に移植されたTG肝細胞のDNA合成率をPCNA染色で検討した。その結果、WT肝細胞は、全くPCNAで染色されなかったが、TG肝細胞のDNA合成は、移植後8週間で約8%と最高値を示し、その後漸減するものの、移植後64週間目でも、約2%のDNA合成率を示した。
 脾臓内肝細胞移植後に、移植肝細胞が門脈系を介して宿主肝臓へ迷入したか否かを検討するために、宿主肝臓におけるtransgene HGF/SFの発現を、Northern Blot及びtransgene HGF/SFに対するprimerを用いてRT-PCRを行った。その結果、Northern Blot及びRT-PCRでも、宿主肝にトランスジェニック由来の肝細胞の迷入を検出しなかった。

今後の展望

 以上、HGF/SFは、in vitroでアンモニア解毒能を促進し、in vivoの脾臓内肝細胞移植モデルにおいて、脾臓内での長期間の肝細胞の生着を促進して、肝細胞としての機能を果たすことが確認された。次のステップとして現在、実際に肝細胞移植で肝疾患が治療できるかを検討している。我々が、注目した疾患は、Progressive familiar intrahepatic cholestasis(PFIC)である。この疾患は、胆汁産生及び分泌の異常により胆汁うっ滞がおこり、肝硬変及び肝不全となる常染色体劣性の遺伝性肝疾患である。最近、multidrug resistance 2(mdr2)の遺伝子のノックアウトマウスが、この疾患の動物モデルであることが判明した。現在このノックアウトマウスを開発したオランダの研究グループと共同研究を進めている。