木炭製造時に副生する液状物質のうち高沸点成分(木タール)は組成が複雑、粘稠で取り扱いにくい等の理由から廃物視され、大部分が焼却処分されている。しかし、木タールには様々な有用物質が含まれており、我々は先にカラマツ(針葉樹)木タールのアルカリ/ベンゼンによる溶剤分画を行ってフェノールフラクション中に木材防腐成分を濃縮、回収できることを報告した1)。本研究では同様の方法をハンノキ(広葉樹)タールに適用し、分離・分画状況と得られたフラクション(Fr)の木材防腐効果を調べた。
1)T.Suzuki,S.Doi,M.Yamakawa,K.Yamamoto,T.Watanabe,M.Funaki:Holtzforshung,51,214-218(1997).
(1)ハンノキ木炭製造工場(佐藤林業(株))から排出された木タールを原料とし、下図の行程に従って精製、分画を行った。
(2)精製タール(F-0)とF-1から-5の6つのFrのキャラクタリゼーション(割合、pH、密度、GPCによる分子量分布と平均分子量Mw,A、元素組成、アセチル化後の1H-NMRスペクトル、CH2
Cl2可溶部分のGC-MS測定)を行い、分離状況を調べた。
(3)各Frの木材防腐性能を調べた。即ち、代表的な5つの腐朽菌(オオウズラタケ、ナミダタケ、カワラタケ、ケトミウム、マツオオジ)を用い、ペーパーディスク(PD)法によって菌糸成長抑制効果を目視判定し、効果が認められたFrについてブナ材を検体、オオウズラタケ、カワラタケを暴露菌としてJISA9201による木材防腐効力試験を行った。
[各フラクションの割合と性状]
F-0の約3割はF-1、約7割はF-2であり、pH、密度、Mw,Aはそれぞれ5.4,5.2、1.18,1.14g/、1040、400であった。F-2がF-1より低pH、低密度、低Mw,Aであることは予想通りであった。両Frは酸素含有量の点でも異なっていた(F-1,-2で25.6,20.1%)。F-2のサブFrであるF-3,-4,-5の割合はそれぞれ2割強、3.5割、4割であり、pHはそれぞれ4.6,5.8,5.6、密度は1.15,1.03,1.09g/、Mw,Aは460,310,510であった。さらに、これら3つのFr間では酸素含有量に著しい違い(30.6,8.4,13.8%)が認められた。1H-NMRスペクトルでは、F-2はF-1より-OCH3、脂肪族OAc、脂肪族または脂環式C-Hが多く、芳香族Hは少なかった。また、F-3,-4,-5間では次の違いが認められた。芳香族Hと芳香族OAc:3>5>4、OCH3:5>3>4、芳香族OAc:3>5>4、脂肪族OAcと脂肪族または脂環式C-H:4>5>3。GC-MS測定では例えばF-0中のフェノール成分(フェノール、2-メトキシフェノール、2,6-ジメトキシフェノール等)に注目すると、それらの大部分はF-2、さらにF-5へと移ることがわかった。これらフェノール成分はF-4には存在しないがF-3には認められた。また、F-2中の多環芳香族成分(ナフタレン、アントラセン、フェナントレン等)の大部分はF-4に移動した。このGC-MSの結果はF-3と-5の分離は必ずしも十分ではないことを示しているが、各Frの1H-NMRスペクトルの差異は予想とほぼ一致していた。物性値の違いを考慮に入れると本法によるタールの分離・分画はかなりうまく行われたと判断できる。
[各フラクションの木材防腐効果]
PD観察によると、ケトミウムを除く4つの腐朽菌に対してはF-2,-3,-4,-5が効果の程度は異なるものの菌糸の成長を抑制し、F-0と-1はほとんど全く抑制しなかった。このことは木材防腐能を有する成分がF-0からF-2に選択的に移動したことを意味する。なお、ケトミウムではコントロールでも菌糸成長が認められず、本腐朽菌に対する各タールの効果は判定出来なかった。木材防腐効力試験では、オオウズラタケ、カワラタケ両菌暴露による木材重量損失(ML、%)はいずれもF-4<-5<-2<-3となり、前2者が基準値のML3%をクリアした。F-3のMLは7-9%とやや大きかったが、これは防腐効能が必ずしもF-4,-5に劣るためではないと考えられる。何故なら、このFrは耐侯操作(腐朽菌暴露前の操作)後の木材残留率が約40%と他のFrより20%程度も少ないにも拘わらず、ML測定後の電顕観察ではF-4,-5と同様に検体木材の道管内への菌糸侵入は認められなかった。従って、F-3,-4,-5はいずれも十分な木材防腐性能を有していると判断された。しかし、人体への安全性から多環芳香族成分がリッチなF-4の使用は避けるべきである。カルボン酸類を多く含むF-3はフェノール類を主体とするF-5よりロスが多いため実際の効果は劣り、タール中の含有割合が少ない。以上のことから、F-5が最も良好な木材防腐剤であると結論した。
アルカリ/ベンゼンによる溶剤分画の適用により、エゾマツ木タールと同様に広葉樹のハンノキタールからも人体に危険が少ない木材防腐成分(フェノール性物質、F-5に相当)を選択的に回収することが出来た。この溶解分画法は大量のエネルギー投入と高価な装置を必要とする蒸留法に比べて経済的に有利で操作も簡単であり、本法による木材防腐成分の回収は実現有望と考えられる。しかし、木タールの資源としての総合利用、即ちゼロ・エミッションという観点から、今後は高分子量部分(F-1)、酸性部(F-3)、中性部(F-4)についてもそれらの構成成分の構造的特徴を生かした用途を開発する必要がある。現在の知識、経験から利用可能性を述べると、F-1は炭素材(電磁波シールド材等)、F-3は水浄化(金属イオンの捕捉)、F-4は燃料油(ディーゼル燃料)である。
|