チュブリンに作用する天然由来の新しい抗腫瘍物質の探索

繁森英幸(北海道大学大学院薬学研究科/助教授)


背景・目的

 チュブリンに作用する有糸分裂阻害剤としては、チュブリン重合阻害作用を有する化合物が知られていた。しかし、北米産イチイから単離されたパクリタキセルは、微小管脱重合阻害というこれまでとはまったく異なる有糸分裂阻害作用を示す抗癌剤として注目され、これまで治療の困難であった乳癌、卵巣癌に対して優れた治療効果を上げている。そこで本研究では、北海道産のイチイを材料とし、チュブリン重合阻害および微小管脱重合阻害活性を指標として新しい抗腫瘍物質を探索することを目的とする。これまでに日本産イチイより数十種類の新規ならびに既知タキサン化合物を単離し、これらのいくつかに顕著な微小管脱重合阻害作用のあることを見い出した。本研究ではさらに本イチイの種子を材料として、微小管脱重合阻害活性物質の探索を行った。

内容・方法

 日本産イチイTaxus cuspidata Sieb.et Zucc.の種子のメタノール抽出物のトルエン可溶部を、シリカゲルカラムおよび逆相HPLCを用いて分離、精製することにより、3種のタキサン骨格をもつ新規ジテルペン化合物タキセゾピジンJ(0.0016%)、K(0.00078%)およびL(0.00046%)を、既知タキサン化合物とともに単離した。
 高分解能EIMSより、タキセゾピジンJの分子式はC35 H42 O10であると推定した。2次元NMRデータより、タキセゾピジンJは13位にヘミケタールを有するオキサビシクロ[2.2.2]オクテン環をもつタキソイドであると帰属した。タキセゾピジンJの相対立体配置はNOESYスペクトルにより推定した。高分解能EIMSよりタキセゾピジンK およびLの分子式は、それぞれC37 H46 O12およびC39 H46 O15と推定された。既知タキサン化合物との各種2次元NMRデータの比較より、タキセゾピジンK およびLをそれぞれ10−デアセチルタキサスピンDおよび19−アセトキシタキサジフィンと帰属した。

結果・成果

1)タキサン化合物の微小管蛋白質に対する脱重合阻害活性

 パクリタキセルの代表的な作用は、微小管の脱重合阻害作用であり、これにより異常な紡錘体を生成して細胞分裂を阻害する。ブタ脳から調製した微小管蛋白質を用い、検体の微小管脱重合阻害活性を濁度法により検索した。30分間重合後にCaCl2を加えて脱重合を開始し、30分間測定した。これまでに単離した73種のタキサン化合物について、微小管に対する作用を検討した結果、今回単離したタキセゾピジンKおよびタキセゾピジンLならびにタキサスピンDおよびタキサジフィンに顕著な微小管脱重合阻害作用が認められ、タキセゾピジンJにも中程度の活性が認められた。パクリタキセルならびにパクリタキセル型タキサン化合物には顕著な微小管脱重合阻害作用が認められたが、全体の大部分を占める非パクリタキセル型タキサン化合物では上記のタキサン化合物を除いてほとんど脱重合阻害活性を示さなかった。タキセゾピジンKおよびタキセゾピジンLならびにタキサスピンDおよびタキサジフィンは、オキセタン環もフェニルイソセリン基も含まない非パクリタキセル型タキサン化合物であるにもかかわらず、パクリタキセルの1/2〜1/3程度の微小管脱重合作用が認められており、極めて興味深い結果である。また、タキセゾピジンKとタキサスピンDおよびタキセゾピジンLとタキサジフィンは非常に類似した構造であることから、活性発現には5位のシンナモイル基およびA環上の酸素官能基が重要であることが示唆された。
2)タキサン化合物の殺細胞活性
 上記の73種のタキサン化合物について、マウス白血病細胞L1210ならびにヒト上皮癌細胞KB に対する殺細胞活性を調べた結果、パクリタキセルならびにパクリタキセル型タキサン化合物に顕著な殺細胞活性(IC50、0.0015〜0.086μg/p)が認められたが、非パクリタキセル型タキサン化合物では、殺細胞活性は非常に弱いか、ほとんど殺細胞活性を示さなかった。今回得られたタキセゾピジンJ,KおよびL は、それぞれL1210細胞に対するIC50値は4.2,1.7および2.1μg/pであり、KB細胞に対するIC50値は2.4,4.8および2.0μg/pであった。

今後の展望

 最近パクリタキセルにも多剤耐性が生じることが明らかとなっており、その耐性発現の原因のひとつとして、パクリタキセルの標的分子であるチュブリン蛋白の構造変化が指摘されている。パクリタキセルとは異なる構造をもつタキセゾピジンKおよびタキセゾピジンLならびにタキサスピンDおよびタキサジフィンが、このチュブリンによる耐性を克服できるかどうかについても、今後検討してみたい。また、日本産イチイより単離した非パクリタキセル型タキサン化合物およびそれらの誘導体に抗癌剤耐性克服作用のあることもすでに見い出しており、今後微小管脱重合阻害活性を有し、かつ抗癌剤耐性克服作用を併せもつ化合物を創製することにより、抗癌剤の優れたリード化合物の開発が期待される。