唾液腺は口腔内に開口部を有する外分泌腺であり、それから分泌される唾液の口腔領域における臨床的意義は非常に大きい。そのため、唾液腺が唾石症や唾液腺炎などの腺自身の疾患あるいは腫瘍や嚢胞などの外科的治療などによって障害を受けた場合には歯科臨床において種々の問題が生じることが知られている。このような観点から、これまで申請者は損傷を受けた唾液腺がどのように修復されるかを形態学的に検索してきたが、なお、解明すべき点が多く残されている。
そのうち、本研究でラット耳下腺を実験対象とし、耳下腺の再生過程において腺実質の重要な要素である筋上皮細胞がどのような動態を示すかを検討することを目的とする。
1.実験動物には、ウイスター系雄性ラット(体重約200g)66匹を用いた。
2.ペントバルビタールによる全身麻酔下にて外科的に右側耳下腺管を露出させた。耳下腺全体に障害を与えるために露出した耳下腺管をチタン製クリップにて二重結紮した。結紮1週間後、同様にして結紮した耳下腺管を露出させたクリップを除去した。以後、0〜21日目に右側耳下腺を摘出し試料とした。
3.摘出した耳下腺より通法にしたがってパラフィン切片、凍結切片、超薄切片を作製した。パラフィン切片に対してはヘマトキシリン・エオジン染色を行い、腺組織の組織学的変化を観察した。凍結切片に対しては筋上皮細胞のマーカーとして抗アクチンモノクローナル抗体を用いた免疫組織学染色を施し、筋上皮細胞の局在を検索した。
4.超薄切片には酢酸ウラン・クエン酸鉛の二重染色を行い、透過型電子顕微鏡を用いて再生過程にある筋上皮細胞の微細構造を観察した。
(1)抗アクチンモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学的検索
1週間の導管障害により耳下腺組織は萎縮した。腺実質のうち分泌部である腺房は消失したが、導管系は障害に抵抗性を示し残存し、その周囲にはアクチン陽性を示す筋上皮細胞が認められた。導管結紮を除去すると、3〜5日目には腺房が導管系から分化、再生した。これらの再生腺房の周囲の多くにはアクチン陽性を示す筋上皮細胞が認められたが、以後、腺組織の成熟に伴い、再生腺房周囲の筋上皮細胞は徐々に減少していった。17日目以降では筋上皮細胞は介在部と少数の腺房周囲にのみに認められるようになり、正常耳下腺とほぼ同様になった。これらの所見は、筋上皮細胞が腺組織の再生過程において腺房周囲に一時的に出現した後、腺の成熟につれて腺房周囲から消失していくことを示唆している。
(2)透過型電子顕微鏡による検索
次に、筋上皮細胞がどのようにして再生腺房周囲から消失していくのかを検索するためにさらに透過型電子顕微鏡を用いた検索を行った。
3〜5日目では扁平ないし紡錘形を呈する筋上皮細胞が腺房の周囲に多く観察されたが、徐々に腺房細胞間に進入しているような筋上皮細胞、さらには腺房細胞と導管細胞の間に位置する筋上皮細胞が観察されるようになり、経時的に腺房周囲の筋上皮細胞は減少して行った。このような所見は、再生過程において筋上皮細胞が腺房部から導管部へと移動していることを示唆している。
以上の結果から、腺房周囲に筋上皮細胞がみられなくなるのは筋上皮細胞が移動したためであるということは明らかになった。しかし、移動後の筋上皮細胞の運命はどのようになるのであろうか。今後は、この点に注目し検索を進める予定である。
今回の研究によって修復過程における筋上皮細胞の動態の一部が明らかとなった。今後さらに唾液腺再生に関する基礎的実験データを蓄積し、障害を受けた唾液腺の修復・再生を促進する因子等の解明を進めることが重要である。
また、筋上皮細胞はある種の唾液腺腫瘍において重要な役割を演じていると考えられている。筋上皮細胞の移動という今回の実験結果は唾液腺腫瘍の組織発生を解明する点からも興味深い結果と思われる。
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