高齢者では、転倒発生率が増加することは知られており、大きな社会的問題になっている。転倒事故の状況を調査した報告によれば、歩行動作時のつまずきによるものが最も多いことが指摘されているが、その原因については明らかにされていない。本研究の目的は、姿勢調節機構において重要な足関節底背屈筋群における筋力発揮能力の加齢変化を調べることとした。加えて、転倒経験の有無による筋力発揮能力の相違を検討することによって、転倒との関係を明らかにした。
対象は、老健施設に入所している65歳以上の高齢者24名(男性4名、女性20名)であった。さらに高齢者は、過去1年間において、施設内でのつまずきによる転倒経験の有無により2群(以下転倒群、非転倒群)に分類された。その内訳は、転倒群8名(男性1名、女性7名)、非転倒群16名(男性3名、女性13名)であった。また、コントロール群として健常若年者10名(男性2名、女性8名)を対象に加えた。実験方法は、1軸ロードセルを用いて、各被験者利き足側の足関節底背屈筋群の等尺性筋力を計測した。被験者には、被験者の頭上1mの高さに設置したランプが点灯したら、できるだけ瞬時に最大努力下で筋力を発揮するように指示を与え、足関節底背屈筋力各々2回ずつ測定した。解析は、足関節底背屈筋群の筋力発揮能力を評価するために、反応時間、最大筋力、最大筋力の50%筋力値に達するまでの時間(以下筋力発揮率)を指標として用いて検討した。
本実験に参加した高齢者24名は、全てが75歳以上の、いわゆる後期高齢者であった。このうち、4名(転倒群男性1名、非転倒群女性3名)については、足関節底背屈筋力を指示通りに十分発揮することができなかったため、本データから除外した。また、参加した高齢者のほとんどが女性であり、男性の被験者数が少なかったため、女性データのみで統計処理を行い、以下の結果を記載した。足関節背屈筋群における反応時間の平均値は、若年者群で0.26w.、高齢者非転倒群で0.31w.、高齢者転倒群で0.33w.であった。足関節底屈筋群における反応時間の平均値は、若年者群で0.29w.、高齢者非転倒群で0.29w.、高齢者転倒群で0.30w.であった。若年者群に比べ、高齢者群で反応時間が若干遅延する傾向が認められたが、有意な相違はみられなかった。また、転倒経験の有無による影響も認められなかった。足関節背屈筋群の最大筋力(体重比)の平均値は、若年者群で29.0%、高齢者非転倒群で14.0%、高齢者転倒群で12.1%であった。足関節底屈筋群の最大筋力(体重比)の平均値は、若年者群で43.1%、高齢者非転倒群で26.7%、高齢者転倒群で22.8%であった。若年者群の値をそれぞれ100%とすると、高齢者非転倒群では背屈筋力で51.7%、底屈筋力で38.1%、高齢者転倒群では背屈筋力で58.3%、底屈筋力で47.1%の減少を示した。足関節背屈及び底屈筋群の最大筋力値とも、年齢による有意な影響が認められた。若年者群に比べ、高齢者群は有意に低い筋力値を示した。しかし、転倒経験の有無による影響に関しては、転倒群に比べ非転倒群で小さい値を示す傾向はみられたが、有意な相違はみられなかった。筋力発揮率については、若年者群で背屈筋群0.20w.、底屈筋群0.20w.、高齢者非転倒群で背屈筋群0.25w.、底屈筋群0.30w.、高齢者転倒群で背屈筋群0.29w.、底屈筋群0.28w.であった。若年者群に比べ、高齢者群で延長する傾向がみられたが、有意な影響はなかった。転倒経験の有無による影響については、非転倒群と転倒群との間に有意な相違はみられなかった。以上の結果から、加齢に伴い足関節底背屈筋群の筋力発揮能力は低下するため、高齢者では易転倒の危険性が示唆された。しかしながら、転倒経験の有無による筋力発揮能力の明確な相違がなかったことより、高齢者の転倒は、下肢筋力の低下といった単一の要因によるものではなく、様々な要因が複合的に作用することによって起こりうるものと思われた。
今後は下肢筋力のみではなく、感覚機能をはじめとする身体諸機能の総合的評価で転倒との関係を検討する必要性があるものと思われた。
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