RecA非依存性遺的組み換え系に関与する新規遺伝子の研究

海藤晃弘(北海道東海大学工学部/講師)


背景・目的

 大腸菌における組み換え酵素RecAの機能的類似蛋白質は、酵母と動物細胞において複数存在する事が近年見い出された。一方、大腸菌においてもSOS応答を恒常的に誘導している菌株では、たとえrecA遺伝子を欠失していても、紫外線によるDNA損傷に対し耐性を示す事が多年にわたり知られていた。この事は大腸菌においても、他の生物と同様にrecA依存性と非依存性の2つの遺伝的組み換え機構の存在を示唆していると考えられる。そこで本研究により大腸菌における新規遺伝的組み換え系に関する解析を行う。

内容・方法

 本研究では遺伝的組み換え能を失っているrecA欠失変異株において、srp遺伝子を多コピーおよび低コピープラスミドにより過剰発現することにより組み換え能の回復が認められるか検討する。具体的にはsrp遺伝子を持つpBluescriptおよびpHSG576プラスミドをrecA欠失変異株に導入し、選択可能な抗生物質カナマイシン耐性を指標にHfr株を用いた接合を行い接合効率を求める。また同様にhns遺伝子にハイグロマイシン耐性遺伝子が挿入されたHfr株を用い、カナマイシン耐性にり選択した後にハイグロマイシン耐性の接合体を選択する。この得られた2重耐性の接合体に関してPCR法を用いて、hns遺伝子に関して挿入変異型の遺伝子へと変化しているかを検討する事により相同・非相同の組み換え状態を判定する。

結果・成果

 酵母と動物細胞において、相同的組み換えを行う経路が複数存在する事が見い出された。我々は大腸菌よりDNA二重鎖切断修復に関与する遺伝子として新たにsrp(Suppressor of recA polA lethality)遺伝子を単離同定した。srp(srp34K)遺伝子およびsrp34K遺伝子とともにオペロンを形成する上流の2つの遺伝子(srp27K、srp15K)遺伝子を含む多コピープラスミドは、recA欠失変異により引き起こされる紫外線感受性を部分的に相補した。また同時にそれらのsrpプラスミドを持つ株はrecA欠失変異株であるにもかかわらずHfr菌株との組み換え能が認められた。
 具体的には細胞当たり2〜5コピー存在する低コピープラスミドベクターにsrp遺伝子を導入し、ベクターのみの場合と組み換え頻度の変化を比較した。recA欠損変異株においてベクターのみにより形質転換した場合、接合体は得られず組み換え頻度は10―8以下であるのに対しsrp遺伝子を含んでいる場合はいずれも3X10―7程度であり、30倍以上の組み換え能の回復が認められた。
 これらの組み換え体をPCR法により組み換え部位の解析を行った結果、カナマイシン耐性とハイグロマイシン耐性が接合により導入された菌株では、hns遺伝子はハイグロマイシン耐性断片を含む遺伝座位へと変換されていた。また調べた20クローンにおよぶ組み換え体の中で非相同組み換えの結果と断定できるのはわずか2クローンのみであった。これらの事はsrp遺伝子過剰発現により昂進されるRecA非依存性組み換え系は相同的組み換えを行い得る事を示している。これらの知見はsrp遺伝子群がrecA遺伝子の機能的類似体であるという仮説を支持し、真核細胞と同様に真正細菌である大腸菌でも2種の相同的組み換え経路が存在する事を示している。

今後の展望

 現在までの研究により遺伝学的にはsrp遺伝子はrecA遺伝子の機能的類似体である必要条件を満たしていると考えられる。Srp34K、Srp15K蛋白質のホモローグがH. influenzaeからB. subtilisまで細菌界で広く存在している事から重要な働きをしていると考えられる。srp遺伝子により昂進される組み換え系は非相同組み換えをも行うため、Srp蛋白質が機能するためのアミノ酸領域の特定やモチーフの決定をし、その知見を元に阻害剤の開発を行う事により新規抗癌剤開発への端緒となる事が期待される。