単結晶電極表面上の異種金属単原子層形成機構に関する研究

田口哲(北海道教育大学教育学部札幌校/講師)


背景・目的

 本研究は、表面構造が規制されたAu(111)単結晶電極表面へのUPD(Underpotential deposition)法による亜鉛およびカドミウム単原子層以下電析に対して、種々のアニオン種の吸脱着挙動が与える影響を明らかにする事を目的として行われた。一般的にUPDでは単原子層以下での電析が可能であり、UPDで合成された表面には2種類の異なった原子が存在できる。そのためUPDは、現象そのものの理解だけではなく、電極触媒・メッキ・結晶成長・半導体薄膜作成といった実用・応用面からも興味深い現象である。

内容・方法

 Au(111)電極は、各々の実験の前にフレームアニール・クエンチング法によって清浄平滑化処理をしてから、電解槽に導入し測定を行った。電解槽は清浄なPyrexガラス製の三室型セルを用いた。参照電極には飽和カロメル電極(SCE)、対極には白金電極を用いた。溶液は超高純度アルゴンガス(99.999%)を通じて測定前に脱気し、電極導入時および測定中もセル上部から気相部分を同様に脱気して酸素の混入を防いだ。溶液中のアニオンとしては、Au表面への吸着力が強い事が知られているリン酸アニオン(H2 PO4−)と硫酸アニオン(HSO4−またはSO42−)、および吸着力が弱い事が知られている過塩素酸アニオン(ClO4−)を用いた。実験は、サイクリックボルタンメトリー(電位走査法:Cyclic Voltammetry;CV)により電流電位曲線の測定をおこなった。各種アニオンを含む溶液中で測定したUPD電流電位曲線を比較することで、Zn およびCd UPDに対するアニオンの共吸着による影響について検討した。

結果・成果

 Au(111)単結晶電極へのZn2+およびCd2+のUPDについて、特に溶液中のアニオンがこれらUPD過程に与える影響に注目し研究した結果、次の事が明らかになった。
1.Au(111)単結晶電極上へのZn UPDは、溶液中にリン酸アニオンが含まれる場合に、最も正電位側で非常に鋭いスパイク電流として観測された。一方、硫酸アニオンを含む場合は、UPDによるピーク電流がより負電位側に観測された。また、過塩素酸アニオンを含む場合は、スパイク・ピーク電流とも観測されなかった。
2.以上より、溶液中にZn2+と共存するアニオンは、過塩素酸アニオン<硫酸アニオン<リン酸アニオンの順でUPDを誘起させる事が分かった。これは、Zn UPDに伴いアニオンが電極表面に共吸着し、UPD層を安定化させる為である事が示唆された。Au(111)表面への(UPDを伴わない)アニオン吸着力の強さは、過塩素酸アニオン<硫酸アニオン≒リン酸アニオンの順であることを考慮すると、UPD Znとアニオンとの共吸着力の強さを決める因子としては、アニオンとAu電極表面との相互作用の程度だけでなく、アニオンとUPD 金属との相互作用の程度も大きく関わっている事が示唆された。我々が知る限り、この点は、この分野における“常識”とはまだなっていない。
3.溶液中のZn2+濃度変化に伴うZn UPDピーク電位の変化から、Zn UPDに伴う電子移行数を算出した。その結果、この反応は1電子移行反応であることが明らかになった。これは、Zn2+へ2電子が移行し、これと共吸着したアニオンから1電子が移行したとすると説明できる。
4.硫酸中のAu(111)単結晶電極上へのCd UPDの電流電位曲線に関しては、過去に1グループからブロードな波形を持つ曲線の報告例があるが、我々が測定した電流電位曲線には、この報告例とは異なり非常に鋭い3本のスパイクを持つ波形が現れた。一方、硫酸中のAu多結晶電極を用いてCd UPDの電流電位曲線を測定したところ、ブロードな波形が観測された。また、過塩素酸中のAu(111)電極上へのCd UPDの電流電位曲線に関しても、ブロードな波形が観測された。したがって、我々が測定したスパイク波形は、平滑かつ規格化された下地Au表面上で、Cd UPDが硫酸アニオンの共吸着を伴い二次元規則構造相転移を起こしながら進行した結果として観測されたものである事が示唆された。また、この波形は硫酸アニオン濃度に敏感であった。
5.溶液中のCd2+濃度変化に伴うCd UPDピーク電位の変化から、Cd UPDに伴う電子移行数を算出した。これは、Zn UPD同様、1であることが明らかになった。この場合も、Cd2+へ2電子が移行し、これと共吸着したアニオンから1電子が移行したとすると説明できる。
 以上のような知見は、UPD現象の理解・解明それ自身にとっても興味深いことであるが、UPD現象を利用して、ナノスケールのリソグラフィーを試みたり、特定の触媒機能を備えた表面局所構造の制御を行うといった応用面にとっても重要な情報と思われる。

今後の展望

今後の展望としては、
1.ここで調べたアニオン以外のアニオンを含む溶液中でZn UPDおよびCd UPDを調べ、今回得た結果も含めて両者における共通点・相違点を比較検討し、UPD現象にとってのアニオン吸脱着過程の本質的役割を明らかにする。
2.走査型トンネル電子顕微鏡(STM)によりUPDしたAu(111)表面の原子レベルでの二次元構造を明らかにする。また、各種分光法によりUPD金属と共吸着したアニオンの情報を得る。
3.上記研究を、UPD Zn およびUPD Cd 上での硝酸イオン還元反応などを調べ、UPD電極の触媒活性を調べるといった応用的研究に発展させる。
 といった事があげられ、現在研究を進めているところである。