水域環境の経済的評価方法の開発

山本 允(小樽商科大学商学部社会情報学科/助教授)


背景・目的

 近年の海域環境の変化は公害型の環境悪化ではなく、陸域からの栄養流入の過不足や沿岸開発により生産力そのものが低下しつつある。これに対する対応は、生産面では栽培漁業技術の発展により補われているのが現状である。また一方では、海洋性レクリェーションの拡大により沿岸域の利用価値は増加している。しかし利用目的こそ異なるが健全な海域環境の存在すなわち生態系システムの適正な機能がこれらの活動の前提条件となっていることは明らかである。そこで本研究では、海域の水環境の多様な機能から発生する便益(経済的価値)を計測・評価する方法を開発し、健全な沿岸域の利用を促進するための経済的指標の構築を目指すものである。

内容・方法

 既往研究資料等に基づく水環境の経済的価値およびその計測・評価方法(選好独立型評価法、ヘドニック法、CVM、コンジョイント分析、旅行費用法など)を整理し、沿岸域の水環境評価への適用性を分析する。また、漁業生産や魚価など生産面における変化と水質測定資料などによる環境変化を統計資料や観測資料によりとらえ、その関係性を分析する。沿岸域の水環境から生まれる便益(経済的価値)について、適正と考えられた経済的評価手法を適用し、アンケート調査などの実査を行いながら経済的価値の計測・評価を試みる。同時に、環境・経済統合勘定のマクロ評価に使用する北海道全体としての水質汚染に関する負荷量の推計、および環境費用の推計を行い経済活動の水質への影響を分析する。

結果・成果

 水環境の経済的価値は、利用価値(use value)と非利用価値(nonuse value)に大別される(利用価値と非利用価値は直接利用価値と受動的利用価値として分類されることもある)。利用価値とは、環境の資源的利用や空間的利用により現れる価値である。利用価値は、さらに直接的利用価値(direct use value)と間接的利用価値(indirect use value)に分類できる。直接的利用価値は環境から資源を取り出し消費することに伴う価値であり、間接的利用価値とは環境からのサービスを享受する、たとえば、沿岸域での海水浴や景観を楽しむという利用などがこれである。一方、非利用価値とは上述のような利用とは無関係な価値であり、その典型的なものは存在価値(existence value)である。存在価値は、直接的にも間接的にも、現在も将来も利用には結びつかないが、その環境を失うことを回避したいという個人の選好から与えられる価値で、固有価値とも呼ばれる。さらに利用価値と非利用価値の両方の性質を持つものとして遺贈価値(bequest value)とオプション価値(option value)がある。遺贈価値とは、将来世代のために環境・資源を残すことに対する価値であり、将来の利用にかかわる価値ではあるが、現在では利用価値が無いことから非利用価値の性質をも備える。また、オプション価値とは現在は利用することはないが、将来はその個人にとって利用可能な選択肢として残しておくことに対する価値である。
 このような経済的価値の評価手法は、個人の選好に依存せずに評価する選好独立型評価法と個人の選好を基礎にした選好依存型評価法に大別できるが、前者の方法では社会的な受容性に乏しい。一方、後者の選好依存型評価法は、個人の選好を実際に支出されている費用や市場で売買されている財・サービスの価格を用いて間接的に評価する顕示選好評価法(RP ;revealed preference)と直接的に各個人の選好と価値評価をとらえる表明選好評価法(SP ;stated preference)に大別される。
 選好独立型評価法の1つである適用効果法を漁獲高により適用する可能性についてホタテガイ魚価と水域の水質データとの関係性から分析した結果、生産額に水域の環境が反映されているとは考え難く、直感的に認識しやすい方法ではあるが経済的評価方法としては適切ではないと考えられた。また、顕示選好評価法の1つである旅行費用法について小樽運河の余暇利用による間接的利用価値の推定に際して市民意識調査を行った結果、水質改善による利用価値の増加を示唆する結果を得たため、今後、離散型選択モデルを構築し経済的価値の計量を行う。
 さらに、マクロ評価のための水質汚染の環境費用の推計を再生費用法の1つである維持費用評価法により、環境費用として推計した。その結果、1990年度においてBODで216億円、CODで265億円と推計された。

今後の展望

 水環境の中でもとくに海域においては生態系システムが適正に機能し、物質循環が円滑に行われることがあらゆる種類の経済的価値の基盤となっている。また、漁業は海域に到達した物質を再び陸上へと移動させ人間活動と自然の物質循環を結びつける産業として機能する。これらのことを意識しつつ、CVMやコンジョイント分析などの表明選好評価法を適用して沿岸域の生態系システムに対する経済的価値の計測・評価を今後行う。同時に、漁業の人間活動と自然の物質循環を結びつける公益的な機能についての視点を加え、その計量的評価についても同時に追究する。レクリェーション利用による利用価値については離散型選択モデルの適用により推計を行うが、時間の機会費用については表明選好法により求めたうえで利用する予定である。