エゾクロテンと導入イタチ類の分布と種間の食性比較

村上隆広(北海道大学大学院獣医学研究科生態学教室/研究生)


背景・目的

 在来種であるエゾクロテンの保全のためには、ホンドテンをはじめとする人為的導入種との種間関係を把握する必要があった。またエゾクロテンの生態についても研究例が少なく、保全のための基礎的研究が必要であった。イタチ類の研究は、目撃が困難であること、痕跡の種判別が困難なことなどが進展の阻害要因となっていた。本研究は、死亡個体・捕獲個体・写真記録・糞表面のDNA解析によって各種の分布を明らかにし、食性を比較することでエゾクロテンとの潜在的競合種・競合の起きやすい季節を明らかにすることを目的として行った。

内容・方法

 まず、交通事故などによる死亡個体の回収・捕獲ワナによる生け捕り・種判別が可能な写真記録の収集/各地の糞DNA解析によって分布を調べた。糞のDNA解析による種判別は、糞表面から抽出したサンプルと種の分かっている組織から抽出したサンプルの間でミトコンドリアDNAのD-loop部分の塩基配列を比較することで行った。これらの結果から北海道内におけるイタチ科の分布図を作成したほか、糞からのDNA抽出効率を変化させる要因についても検討した。次に、ニホンテンとエゾクロテンの食性を比較するため、上述で回収した糞の分析を行ったほか、死亡個体の胃内容物も分析に加えた。サンプルは水洗しながら0.5a幅のメッシュによって残渣を得た。食物種は可能な限り細かいレベルまでの同定を行った。同定を終えた後、食物リスト・主要食物の出現頻度の季節変化を算出した。

結果・成果

(a)北海道におけるエゾクロテンと移入イタチ類の分布
 採集場所や撮影場所が明らかな死亡個体・写真記録の情報は、エゾクロテン18個体・ホンドテン16個体・ホンドイタチ3個体・アメリカミンク5個体・イイズナ1個体について得られた。また54個の糞からDNA分析による種判別を試みたが、塩基配列まで読みとれたのは5個であった。サンプルの経過時間に対するDNA抽出の実験では、いずれの糞でもDNA産物がPCR増幅されなかったが、野外で採集された糞では、新鮮な糞でDNA抽出の効率がよいわけではなく、むしろ乾燥してしまった後の糞のほうが良い結果を得られるようであった。イタチ属各種(ホンドイタチ・イイズナ・アメリカミンク)の糞は配列の違いで容易に識別できた。いっぽう、テン属2種はいずれにも2種類のハプロタイプが存在し、それぞれのハプロタイプ間の違いが種間の違いより大きかった。したがって、Dループの配列を元にエゾクロテンとホンドテンの識別を行うには、まずハプロタイプの違いを識別し、次に各ハプロタイプ内での種間の違いを比べるという方法が必要であることがわかった。捕獲は北海道大学天塩地方演習林内でエゾクロテンが1個体捕獲されたのみであった。
 これらのデータからエゾクロテンとニホンテンの分布が、札幌付近を境に道南地方ではホンドテン、道東・道北方面ではエゾクロテンと分かれていることが示された。分布が分かれている理由については不明であるが、少なくともエゾクロテンの分布が縮小しつつあることが明らかになった。ホンドイタチ・アメリカミンク・イイズナについてはサンプル数が少なく、分布を十分に明らかにすることはできなかった。
(b)北海道におけるエゾクロテンと近縁種の食性調査
 エゾクロテンとニホンテンは、両種ともにネズミ類を中心とした哺乳類や果実を食べる雑食性であることがわかった。両種間の違いは、エゾクロテンで哺乳類への依存度が高いいっぽう、ホンドテンでは果実・草本などへの依存度が高くなっていた。食物リストで比較するとエゾクロテンではネズミ類以外の哺乳類としてトガリネズミ・シマリス・シカが含まれているのに対し、ホンドテンではエゾモモンガのみであった。また、エゾクロテンでは昆虫類が含まれていたのに対し、ホンドテンでは昆虫類が含まれていないほか人為的な食物が多く含まれていた。季節変化を見ると、両種ともに夏から秋に哺乳類以外の食物への依存度が高くなったが、冬にはエゾクロテンで哺乳類への依存度が高まるのに対し、ホンドテンでは草本や人為的食物などの比率が哺乳類よりも高かった。

今後の展望

 ホンドテンがエゾクロテンの潜在的な競争種となっている可能性がある。今後はより類似した環境での集中的な調査によって、食性の差異や詳細な環境利用の比較をすることで、両者の種間関係がより明らかになるであろう。しかしエゾクロテンの保全を目的とするならば、現段階でホンドテンの分布拡大に対する何らかの方策を取ることが望ましいと考えられた。たとえばホンドテンの選択的な駆除を分布境界地域で実施することが考えられる。エゾクロテンが今後個体数を急減する可能性があり、継続的に個体群の推移をモニタリングする必要がある。