計量生活研究助成事業 (財)計量生活会館研究助成金

氷で造る多目的活用型ドームの構造技術開発

粉川  牧[ 北海道東海大学北方生活研究所/教授・所長]
渡辺 宏二[ 北海道東海大学芸術工学部建築学科/助教授]
伊藤  修[ (株)リゾート・マネジメント/スポーツ事業部長]
渡辺  大[ (株)リゾート・マネジメント/料飲課マネージャー]
背景・目的

氷を構造材料とする薄肉の曲面板構造「アイスシェル」を冬期間のテンポラリーな建築構造物として適用するというこれまでにない新しい試みが1997年以来、トマムで展開されている。厳寒多雪という自然環境条件下でしか実現しえないアイスシェルが、冬の約3ヶ月間、レジャー施設空間“アイスドーム”として使用されている。これらのアイスシェル群はいずれも、目下のところ、既にその構造安全性が実証されているスパン15m以下の中小規模のものに限られているが、既往の研究成果を延長して捉えると、より大規模なアイスシェルの適用実施が可能であると思われる。そこで、1999年と2000年に同じ敷地内の一角で、多目的な建築空間として使用可能な大規模アイスシェルを技術開発すべく、底面直径約20m、高さ約6.5mの規模を有するアイスドームのフィールド実験が行われ、構造工学的側面からの研究が進められてきた。
本実験的研究は、さらにその規模を拡大し、前人未見の底面直径約30m、高さ約9.5mの巨大アイスドームを対象とし、その建設実験と完成後のクリープ実験にチャレンジして巨大アイスシェルの技術的可能性を実証的に探ろうとするもので、過去20ヶ年間に及ぶアイスシェル研究の総決算と共に21世紀における北の生活空間の創造に向けて新たなページを拓く挑戦的試みとしてその意義が図られようとしている。

内容・方法

○建設実験:直径30mの2重平面膜を用いて、スパン約25m、高さ約9.5m、板厚約25cmのアイスドームを建設し、施工技術を改良、開発する。
【施工期間】
雪氷基礎リング−2001年2月上旬 上部構造−同年2月12日〜2月16日
【建設方法・手順】
1.内周直径約25mの雪氷基礎リングを造る。
2.直径30mのP.V.C.製2重平面膜とジオデシック分割を基本にそのパターンが決定されたポリプロピレン製網目ロープを雪面上に置く。
3.送風機でインフレートし、型枠空気膜を短時間で用意する。
4.型枠空気膜に散雪・散水。散雪は除雪機で行い、一回の厚みを1cm以下にすることが肝要。散水は高圧スプレーノズルで行う。
5.散雪・散水作業は板厚が25cm程度になるまで行う。経験的に、-10℃以下の外気温で1cmの氷を作るのに1.5時間を要することから、37.5時間以上の散雪・散水作業になる。
6.デフレートして膜を除去して、ドームを完成。
○クリープ実験:完成後から崩壊迄、ドームの構造挙動を調べる。鉛直変位5点、温度(内・外気温、氷温)6点について自動計測を行う。その後崩壊までは、構造挙動を目視で観察する。これらの結果は、規模は異なる既往の実験結果と比較検討するなどして、この規模の巨大アイスドームが基本的に実用可能であることを実証する。

結果・成果

写真1 網目ロープの加工(2000年11月)
2001年2月16日、底面直径25m、高さ9.2mの巨大アイスドームが完成。建設施工プロセスのハイライト写真を示す。
今回の実験によって、30m規模の巨大アイスドームが冬のテンポラリーな建築構造物として基本的に実施可能であることを結論として得た。即ち、型枠空気膜に散雪散水する本工法は短期間(基礎工事を含めて一週間程度)で巨大アイスシェルの施工を可能にし、さらに完成したシェルはその高い力学的合理性によって充分な耐久性(今回の場合、2月16日に完成し、平均外気温がプラスとなる日が3日続いた4月10日に崩壊した。もし、完成時期を早めれば、ほぼその分だけ、存在期間が増えるものと思われる。)を有していること等が主な結論として示された。尚、クリープ実験では、温度変化が変位計測センサーの精度に大きな影響を及ぼすことが実験終了後の検討で明らかとなった。その為、実験ドームの変位挙動を細かく正確に捉えることに不首尾であったが、それでも、最小2乗法による直線近似から求められた平均的な変位速度の値6.5mm/dayは、既往の20mドームの結果に膜理論と氷材料をマクスウェル型線形粘性材料と仮定して得られる計算値とオーダー的にほぼ合うことが分かった。

今後の展開

写真2 雪氷基礎リングの施工(2001年2月5日)

巨大アイスシェルは未だ嘗て無い前人未経験の建造物であるが故に、その力学的性状についても未知なことが多い。従って、今回のように実験が首尾よく行われたとしても、それだけで構造安全性に対する信頼性が得られたと考えるのは早計で、中小規模のアイスシェルと同様に冬期間フルに建築構造物として使用することは現時点では難しい。それゆえに、その建築空間への適用において、石橋をたたいて渡るがごとく、充分慎重な対応が求められねばならない。今後は充分に安全が見込める厳冬期の短期的使用に限定しつつ臨床的試行を重ねる一方で、建設技術の更なる改良、力学的性状のより深い理解を狙いとして継続的な実験的研究が必要とされる。



  
写真3 型枠空気膜(2001年2月12日) 写真4 散雪散水作業(2001年2月12日〜16日)
写真5 膜のデフレート(2001年2月16日)


写真6 アイスドーム完成(2001年2月16日)