生ハムを介するボツリヌス中毒のテアルビジンによる防御法開発

西村 昌数[ 帯広畜産大学畜産学部/教授]
佐藤 栄輝[ 帯広畜産大学原虫病分子免疫研究センター/助教授]
石井 利明[ 帯広畜産大学獣医学科家畜薬理学教室/助教授]
清水 祥夫[ 帯広畜産大学地域共同研究センター/助教授]
背景・目的

貴財団より支援を受けて開発した、クロストリジウム属の毒素を中和する因子であるテアルビジンについて、その作用機作の解析および生ハムのボツリヌス食中毒の予防に応用するための基礎資料を得ることを目的とした。

内容・方法

成績の概要を、(1)テアルビジンがボツリヌス毒素の毒作用を中和する機序の解明と、(2)テアルビジンを生ハムに応用するとどの程度の混入率で致死量の毒素作用を防げるか、また(3)テアルビジンの貯蔵食品への混入が食品の「味」におよぼす影響を官能検査により調べた結果に分けて記載する。
まず、テアルビジンがボツリヌス毒素の毒作用を中和する機序であるが、ボツリヌス毒素と細胞膜上の毒素の結合点との結合をテアルビジンが阻止することで、毒素の作用を阻止していることを示した。第二に、テアルビジンを生ハムに応用するとどの程度の混入率で致死量の毒素作用を防げるかであるが、これは、通常生ハムのボツリヌス中毒の原因となる毒素としてB型毒素で調べた。マウスにおけるボツリヌスB型毒素の最小経口致死量が10μm/個体であることを確かめた。この致死量は生ハムの10%均質化物の遠心上清の共存下でも発現した。これに対してテアルビジンを40mg/個体となるように添加したところ、試験したマウスの全例を生存させた。次に、テアルビジンの貯蔵食品への混入が食品の風味におよぼす影響を官能検査した。検査に先立ち、被験者の味覚感度検査を蒸留水に溶解した定型的試料で、また旨味感度検査をミネラルウォーターに溶かした試料で調べた。両検査において異常を示さないことを確かめた13名において、テアルビジンの生理食塩水溶液(40g/l)に1週間浸漬した生ハム(500g/l)試料の味を対象例と比較した。その結果、テアルビジンを添加した試料に苦味、渋味、硬さ、まずさ、繊維質感などの味覚悪化を認めた。したがって、貯蔵食品へ添加するためには、テアルビジン分画に夾雑する味覚悪化因子の除去が必要となった。

結果・成果

(1) ボツリヌス毒素中和作用機序
〈材料および方法〉
Xie et al.(1993)にしたがってテアルビジンを抽出精製した。5kgの紅茶(イトーヨーカ堂、東京)から37.5リッターの熱湯により抽出を行い、約17リッターのブタノール分画を得た。この17リッターの分画をロータリーエヴァポレーターを介して乾燥粉末とした。
食肉由来のボツリヌス食中毒はB型毒素に起因するので、ボツリヌスB型毒素(和光純薬、大阪)を用意した。毒素の力価を、マウスの横隔膜神経筋標本において判定した。導入した毒素は、1.5nMで、神経性単収縮を添加45分以内に完全に、また選択的に阻止した。テアルビジンは濃度依存性(4-80μg/ml)にこの毒素の作用を抑制した。
テアルビジンはボツリヌス毒素と結合することで毒素と生体膜との結合を阻止すると仮定した。このため、Simpson et al.(1993)の方法にしたがって、B型毒素の125?標識標品を作成した。125?標識毒素の毒力をKondo et al.(1984)の方法に準拠して測定し、原体の65-85%の範囲内にあることを確かめた。
毒素の生体膜との結合を調べる目的で、Hajos(1975)の方法に従い、ウイスターラット(200-300g)の大脳皮質からシナプトゾーム分画(P2B分画)を作成した。
0.5nMの125?標識毒素とラットの大脳皮質シナプトゾームとの22℃、90分間の結合率を測定した。次いで0.5nMの125?標識毒素と1-64μg/mlのテアルビジンとを混合した時の125I標識毒素とシナプトゾームとの結合率を測定した。
〈成績〉
テアルビジンは、125I標識毒素とシナプトゾームとの特異的結合を濃度依存性(4-64μg/ml)に抑制した。この成績は、テアルビジンがボツリヌス毒素とシナプトゾームとの結合を阻止することを示している。
(2) 食品への応用検討
〈材料および方法〉
pH6.8のリン酸緩衝液でB型毒素を希釈し、0.2、2.0、20μg/mlの溶液を作成した。0.5ml/個体を経口ゾンデを用いて投与した。24時間後の運動麻痺の発現を毒力の指標とした。
生ハム(日本ハム株式会社、大阪)に、pH6.8のリン酸緩衝液を10%(w/v)となるように加えた。この試料をヒスコトロン(日音医理科器械製作所、東京)に10分間かけて破砕した。懸濁液に2回の遠心分離(4,000xg、30分間)を行い、その上清を得た。
生ハム上清にB型毒素を20μg/mlの濃度で加えた。同試料にテアルビジンを80mg/mlの濃度で加えた。B型毒素単独添加試料(0.2、2.0、20μg/ml)の経口毒性を、24時間以内の運動麻痺発現として判定した。試験には1群20例のマウスを用いた。
投与量を0.5ml/個体とした。B型毒素は10μg/個体、テアルビジンは40mg/個体であった。
〈成績〉
B型毒素の単独経口毒性は用量依存性を示した。マウス20例において、その10μg/個体の経口投与は、24時間以内に全例において運動麻痺を生じた。
生ハム上清とB型毒素を混合したことで毒力を低下することはなかった。毒素の10μg/個体で、投与24時間以内に全例において運動麻痺を生じた。
テアルビジンは、B型毒素の運動麻痺を濃度依存性に阻止した。この阻止は、少なくとも10mg/個体より発現し、40mg/個体により完全に発現した。
(3) テアルビジン添加貯蔵食品の官能検査
〈材料および方法〉

被験者として帯広畜産大学家畜薬理学教室の教室員13名に被験者を設定した。
被験者の味覚感度試験を行った。この目的で、甘味としてサッカロース、鹹味として食塩、酸味としてクエン酸、および苦味としてキニーネを用意した。それぞれを蒸留水に溶解した試料を味覚感度試験に、またミネラルウォーター(ハウス食品、大阪)に溶解した試料を旨味感度試験に供した。倍数希釈した各溶液について、被験者が感知する最低濃度をもってそれぞれの感度とした。その結果、13名はほぼ一定の範囲に属していたので、本試験の対象者とした。
テアルビジンの40g/l生理食塩水溶液を作成した。この溶液に500g/lの生ハムを1週間浸漬した。対照として、生理食塩水に500 g/rの生ハムを1週間浸漬した。
テアルビジンの褐色系の色素は生ハムを染めたので、視覚識別を防ぐため被験者の目をアイマスクで覆った。被験者の口腔内に試料を強制挿入し、1分間咀嚼させ、時被験者が主張する味覚を調べた。
〈成績〉
テアルビジン溶液に1週間浸漬した生ハムの官能検査の結果、テアルビジンと保存した生ハムは、共通した味として、まずい、硬い、苦いおよび繊維質感を伴うなどが判明した。

今後の展開

テアルビジンの生ハムへの添加は、ヒトの試食官能検査において、まずい、硬い、苦いおよび繊維質感があるなどの味覚悪化をもたらすことも判明した。その大部分は混入したタンニンによると思われた。しかし、我々は、タンニンが抗毒素能を持たないことをすでに明らかにしている。したがって、タンニンを除去したテアルビジン分画を得ることが、その応用の途を開発することになる。その後の予備試験によれば、高速液体クロマトグラフィー法によりさらに精製した場合、テアルビジンはさらに純化できると共に抗毒素能が上昇することを見いだし、同時に、そのような味覚悪化作用は低下したことから、夾雑物の存在が味覚悪化の原因となることを示し得た。よって、次の課題はテアルビジン分画の不純物の除去となった。