アポトーシス誘導型ゲルゾリン機能抑制変異体を用いた癌治療

藤田 寿一[
岡田  太[
北海道大学遺伝子病制御研究所/助手]
北海道大学遺伝子病制御研究所/助手]
浜田 淳一[ 北海道大学遺伝子病制御研究所病因研究部門/助教授]
宮本 正樹[ 北海道大学医学部附属病院/医員]
背景・目的

アクチン調節タンパク質ゲルゾリンは、重合核形成によるアクチン線維伸長の促進(Nucleating)、アクチン線維の切断(Severing)、およびその末端の保護(Capping)という、3つのアクチン重合調節機能を持つ。ゲルソリンはこれらの両面性の機能を通じて重合−脱重合という両局面を制御し、細胞運動において重要な役割を担っている。ゲルソリンは1次構造上、類似性のある6つの機能ドメイン(G1-G6)からなるが、我々はアクチン線維の切断活性に必須であるG1を欠失したG2-6変異体がゲルソリンのSevering活性をin vitroで抑制することを見いだした(H.Fujita et al;Eur.J.Biochem.,248,834-839(1997)、平成7年度科学研究費補助金(個人)ホクサイテック財団)。G2-6機能抑制変異体を蛍光タンパク質GFPとの融合タンパク質としてCOS-7細胞で一過性に発現したところ、細胞死(アポトーシス)が認められた。そこで、G2-6機能抑制変異体を効率的に癌細胞へ導入・発現可能なアデノウイルスベクターを用いた、癌細胞の細胞死誘導による癌治療の可能性を検討する。

内容・方法

PCR mutagenesisを用いて作製したゲルゾリンのsevering能に必須のドメインであるG1を欠いた欠失変異体、および野生型ゲルソリンのcDNAをpEGFPのマルチクローニング・サイトに組み、ヒト乳癌細胞MCF-7にリポフェクトアミンを用いて、EGFP融合G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体および野生型ゲルソリンの発現ベクターを導入し、蛍光位相差顕微鏡でEGFP融合タンパク質の発現および形態変化を観察した。蛍光を発している細胞の形態を観察し、蛍光を発する細胞形態が縮小して、ディッシュからはがれている細胞をアポトーシス細胞とした。細胞死の割合は蛍光を発しているアポトーシス細胞の数を蛍光を発している全細胞数で割った値を用いた。
次に、Dr.Bert Vogelsteinより供与された組み換えアデノウイルス構築システム(pAdTrackCMVシャトル・プラスミド、pAdEasy-1ゲノム・プラスミドおよび大腸菌BJ5183)を用いてG2-6ゲルゾリン機能抑制変異体および野生型ゲルソリン含む組み換えアデノウイルスDNAを作製して、リポフェクトアミンを用いてヒト胎児腎細胞293に組み換えアデノウイルスDNAを導入した。さらに、Cow pox virusのアポトーシス抑制タンパク質であるCrmAの発現ベクターをリポフェクトアミンを用いてヒト胎児腎細胞293に導入して、400μg/mlG418を含む培養液中でセレクションし、CrmA発現ヒト胎児腎細胞293を樹立した。

結果・成果

ヒト乳癌細胞MCF-7に、EGFP融合G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体および野生型ゲルソリンの発現ベクターを導入し、EGFP融合タンパク質の発現および形態変化を蛍光位相差顕微鏡で観察したところ、蛍光を発しているEGFP融合G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体を発現している細胞では、細胞形態が縮小し、ディッシュからはがれアポトーシスによる細胞死が観察された。それに対して、EGFP融合G2-6野生型ゲルソリンまたはEGFPのみを発現するベクターを導入した細胞ではしっかりとディッシュに接着し蛍光を発していた。また、ディッシュからはがれた、蛍光を発するEGFP融合G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体を発現する細胞は、再び接着することはなかった。次に、pAdTrackCMVのマルチクローニング・サイトにG2-6ゲルゾリン機能抑制変異体および野生型ゲルソリンcDNAを組み、組み換えシャトル・プラスミドを制限酵素Pmelで消化し、精製した後、pAdEasy-1ゲノム・プラスミドと共に大腸菌BJ5183にコトランスフェクションして、G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体および野生型ゲルソリンcDNA含む組み換えアデノウイルスDNAを得た。大量の組み換えアデノウイルス粒子を得るために、これらの組み換えアデノウイルスDNAをPaclで完全消化後、リポフェクトアミンを用いて、ヒト胎児腎細胞293に導入したが、G2-6ゲルソリン機能抑制変異体が組み換えG2-6アデノウイルスを産生するためのヒト胎児腎細胞293においてもアポトーシスを誘導することが原因と考えられるが、通常の方法では、in vivoレベルで使用可能な高力価のG2-6組み換えアデノウイルス粒子を得ることが非常に困難であった。そこで、アポトーシス抑制タンパク質であるCrmAを発現するヒト胎児腎細胞293を樹立して、組み換えアデノウイルスDNAを導入し、G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体の効果を遅延させることで組み換えG2-6アデノウイルスを得ることができた。

今後の展開

ゲルソリンは厳密に調節された両面性の機能を通じてアクチンの重合−脱重合という両局面を制御することで、細胞の運動性や形態維持といった様々な細胞機能において重要な役割を担っている。したがって、ゲルソリンの持つアクチン線維の切断活性を阻害するG2-6機能抑制変異体は、本研究で明らかになったようにアポトーシスによる細胞死を引き起こすと考えられた。また、G2-6機能抑制変異体は、増殖抑制や細胞死誘導ばかりではなく、癌細胞の運動能を制御することで転移の抑制にも応用可能であると考えられる。このことは、癌の遺伝子治療を目指す上で、G2-6機能抑制変異体は非常に効果的で、ユニークな治療用遺伝子になり得ると考えられ、新しい癌の治療法確立に貢献すると考えられる。今後、in vivoレベルでの種々の癌の治療実験を行い、G2-6ゲルゾリン機能抑制変異体の治療用遺伝子としての有効性を検討していく予定である。