種々のシグナル蛋白を切断する腫瘍壊死因子α変換酵素の制御機構

坂根 郁夫[札幌医科大学医学部/講師]
山田 恵子[札幌医科大学保健医療学部/助教授]
今井 伸一[札幌医科大学医学部生化学第2講座/助手]
背景・目的

腫瘍壊死因子(TNF)α変換酵素(TACE)は、膜結合型として合成されるTNFα、腫瘍化増殖因子(TGF)α、β-アミロイド前駆体蛋白質(APP)、L-セレクチン等を細胞外で切断・遊離する多機能酵素であるが、その活性を直接制御する因子は不明のままであった。我々は、ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)δのノックアウト(KO)マウスを作成し、意外にも、このKOマウスの表現型がTACEのそれと酷似しており、DGKδがTACE活性を厳格に制御していることを明らかにした。そこで、DGKδによるTACEの活性化機構を分子レベルで解析し、将来的に癌、アルツハイマー病、炎症性疾患の治療、創薬に繋がる基礎となる知見を得ることを目的に本研究を計画した。

内容・方法

DGKδのKOマウスは既に作成済みで解析もある程度進んでいるので、次の段階として、現在ほとんど不明なDGKδの活性化機構及びDGKδによるTACE活性制御機構の分子レベルでの解析を行った。
 TACEは血清因子、上皮増殖因子(EGF)やホルボールエステルによって活性化することが知られており、DGKδの活性化もこれらの経路を介する可能性が高いのでリン酸化を中心に様々な活性化経路を検討した。
TACEの生理的な重要性にもかかわらず、全くと言っていいほど明らかではないTACE活性化の分子機構を明らかにすることを試みた。具体的には、TACEとDGKδとの相互作用部位の同定、他の蛋白質の関与、DGKδとTGFα等のTACEの基質蛋白質との相互作用の可能性を検討した。また、TACE以外のDGKδの標的蛋白質をtwo-hybridスクリーニング法等を用いて検索した。
TACEが関与すると考えられる種々の病態(癌、アルツハイマー病、炎症性疾患)時の組織・細胞におけるDGKδの発現量の変動を調べた。

結果・成果

TACEはホルボールエステルによって活性化することが知られているので、我々はまず、プロテインキナーゼC(PKC)によるDGKδのリン酸化の可能性を検討した。その結果、PKCのαアイソフォームがDGKδのPHドメインをin vitroでリン酸化することを明らかにした。
 DGKδの種々の欠失変異体を作成し、TACE活性に及ぼす影響を調べた。その結果、PHドメインがTACE活性制御に重要な役割を果たすことが明らかになった。
Two-hybridスクリーニング法によりDGKδの標的蛋白質を検索する過程で、DGKδがC末端のsterile-αmotif(SAM)ドメインを介してホモオリゴマーを形成することが明らかになった。また、SAMの相互作用に重要とされるトリプトファン残基(DGKδでは1101番目)をグリシンに替えると結合能が消失することが確認された。また、ゲルろ過法によりDGKδのSAMドメインが高濃度では少なくとも4量体を形成しうることを明らかにした。さらに、免疫沈降法によりin vivoでのオリゴマー形成を検討したところ、全長及びSAMドメインのみ同士でオリゴマーを形成することを確認した。
我々は既に、DGKδのmRNAは正常肝では非常に発現量が少ないが、ヘパトーマ細胞株であるHepG2細胞では顕著に発現量が増大していることを明らかにしている。また、TGFαが発癌や癌組織の維持に関与していることが示唆されている。そこで、19例の肝癌組織でのDGKδ mRNAを定量したところ63.2%(12例)の症状で顕著に増大していることが明らかになった。
DGKδ遺伝子にはalternative splicing産物が存在することが明らかになった。DGKδ1は、DGKδ2ではイントロンとなる領域に存在する開始メチオニン(DGKδ2のエクソン2開始位置より8アミノ酸上流の位置)を利用していた。RT-PCR法により、DGKδ2のmRNAは末梢血白血球、精巣、脾臓、胸腺などで多く発現し、ほぼ全ての臓器で検出されるのに対して、DGKδ1は卵巣でのみ特異的に検出された。DGKδ2のN末端は、DGKδ1には存在しないプロリンに富む領域やMAPキナーゼやサイクリン依存性キナーゼによりリン酸化され得る配列を持っていた。DGKδ1と2をCOS7細胞で発現させウェスタンブロッティングを行うと、それぞれ140kと150kDaのバンドが検出された。免疫蛍光法により、DGKδ1は未刺激細胞では主に細胞内顆粒に局在しているが、ホルボールエステル刺激により形質膜へ移行すること、一方、DGKδ2は刺激・未刺激に関わらず細胞内顆粒に局在することが明らかになった。

今後の展開

TACEはTNFα、β-APP、L-セレクチン等を切断する多機能酵素であり、炎症性疾患(TNFα)、発癌(TGFα)、アルツハイマー病(β-APP)や白血球のローリング・浸潤(L-セレクチン)に関与する可能性が指摘されている。従って、DGKδもこれらの前駆体蛋白質の切断を通じてさまざまな生理・病理現象に関与していることが予想される。DGKδの活性化やTACE活性制御の分子機構が明らかになれば、上記の難治とされ大きく注目を集めている疾病の治療や創薬へ繋がる可能性がある。TACEの活性調節の分子機構の解析がさらに進めば、類似した他の膜結合性シグナル蛋白前駆体の切断・遊離機構の解明も本研究により得られた知見を元に一気に進む可能性があり、他分野への波及効果も大きいと考えられる。