北海道の一回繁殖型生物の存続に関する集団生物学的研究

高田 壮則[北海道東海大学国際文化学部/教授]
大原  雅[北海道大学大学院地球環境科学研究科/助教授]
帰山 雅秀[北海道東海大学工学部海洋環境学科/教授]
背景・目的

 多くの生物は一生の間に多数回繁殖するが、長寿命にも関わらず生涯に一度だけ繁殖を行い死んでいく種(一回繁殖型)が存在する。一回繁殖型生物は、多数回繁殖する生物に比して、環境の変動の影響を受けやすく、絶滅しやすいと考えられる。そこで本研究では、(1)数理モデルを解析することによって、一回繁殖型生物に共通している特徴を導きだし、(2)オオウバユリ・ヒメマスの生物集団の動態解析によって、対象種の特性を浮き彫りにし、(3)そのデータ解析結果にもとづいたコンピューターシミュレーションによって、集団の存続に必要な生存率・繁殖率を推定する。

内容・方法

本研究グループの代表者は数理モデルの専門家であるため、本研究の第一段階として、生活史の最適戦略を求めるための数理モデルを作成し、数学的解析によって一回繁殖型生物に共通している特徴を導きだす。その際、多回繁殖型生物から一回繁殖型生物に進化することの出来る条件を求める。また、本研究グループはヒメマス、オオウバユリについて長期センサスデータを保有しているため、第二段階として、センサスデータの入力・整理を行い、補足データの種類、必要性の有無を検討し、補足データの収集を行う。その際、将来のコンピュータシミュレーションを展望したデータ解析が出来るようにデータ整理を行う。第三段階として、収集データの統計解析を行い、両対象種の繁殖特性・集団動態の特徴を求める。最終段階として、数式化された結果をもとにしてコンピュータシミュレーションによる定量的予測を行い、集団の成長率の両種間での違いを比較検討し、集団の存続に最低限必要な個体の生存率、繁殖率を算出する。

結果・成果

今回の研究で得られた成果は大きく三つに分けられる。一つは、数理モデルを解析することによって、一回繁殖型生物に共通している特徴を理論的に導き出したものである。この理論的研究では、長寿命である多年生の生物を一回繁殖型のものと多回繁殖型のものの二つに大きく分け、生物集団の動態を記述する推移行列モデルを利用して、一回繁殖型の生活史行列が進化的に選択される条件を求めた。その結果、一回繁殖型が進化的に安定であるためには、f-M曲線が急に減少するカーブである必要があることがわかった。fは子供の数を表し、Mは成熟個体の生存率を表している。このことから、子供一匹当たりへの投資量が少ない場合に一回繁殖型が進化的に安定であることがわかった。すなわち、一回繁殖型生物は卵サイズや種子サイズを小さくすることで子供一匹当たりへの投資量をコストダウンし、たった一度の繁殖機会に対して、多回繁殖を犠牲にした分に見合うほどの子供を産出するという生活史戦略であると理解される。
二番目の成果は、ヒメマスの繁殖特性に関して詳細な情報が得られた点である。1988-1994年に支笏湖の孵化場に回帰したヒメマス親魚の体重、生殖腺指数、孕卵数および卵サイズの経年変化をみると、体重は1988年から1994年にかけて約2.5倍に増加した。孕卵数も体サイズの変化とパラレルに約2.1倍に増加した。一方、生殖腺指数と卵サイズは、それぞれ18%、直径5mmと一定で経年的な変化はみられなかった。また、集団毎の体サイズと繁殖形質との関係をみると、孕卵数ではどの集団でも顕著な相関が観察されるのに対して、卵サイズではそのような関係が見られなかった。このように孕卵数は体サイズとの関数であり、生育環境と深く関連する成長パターンと関係していることが明らかになった。
三番目の成果は、オオウバユリの個体群構造と繁殖特性が初めて明らかになったことである。一回繁殖型多年生植物であるオオウバユリは自殖のほか、昆虫による花粉媒介を通じて他殖を行い多くの種子を生産することがわかった。また、種子一個当たりの投資量はきわめて少ない。一方、多くの開花個体は花を介しての種子形成以外に、親鱗茎の基部に栄養繁殖体(娘鱗茎)を形成する。栄養繁殖体の数は種子と比較してはるかに少ないが、このような栄養繁殖による個体が個体群に補充されている。従って、栄養繁殖体は移動性に乏しいが、親個体死亡後の空間を利用して速やかな生長を行い、短期間で開花段階へと到達するものと考えられる。そのために、個々の開花個体は毎年死亡しながらも、個体群レベルではある程度安定した開花個体数が維持されているものと考えられる。
今回の研究で明らかになったことは、理論的には子供一個体にかけるコストを下げることによって一回繁殖型が保たれていることである。ヒメマスの場合には、卵数よりも卵サイズが安定な形質であるという調査結果が出ており、そのことは卵にかけるコストには強い選択圧がかかるはずであるという理論的な結果と合致する。しかし、オオウバユリに関しては、むしろ一個体当たりのコストが高い娘鱗茎を産出するという性質をもっていた。動物では稀にしか起こらない栄養繁殖体の生産が生活史戦略となりうる植物に特異的な現象である。

今後の展開

今回の研究結果を受けて理論的に必要とされる研究は、栄養繁殖という植物に特異的な生活史戦略を視野に入れた一回繁殖型生物の進化条件を求める研究である。また、当初の最終目的であったコンピュータシミュレーションによる定量的予測ならびに集団の存続に最低限必要な個体の生存率、繁殖率を算出する研究は時間の関係上未完成に終わっている。今回のデータ解析結果をもとに今後コンピュータシミュレーションを行うことが必要不可欠な研究であると考えている。