フキ酸の生物有機化学的解析とその利用に関する研究

田崎 弘之[ 帯広畜産大学畜産学部/助教授]
吉原 照彦[ 北海道大学大学院農学研究科応用生命科学専攻/教授]
岩本  嗣[ 大阪府立農林技術センター/主任研究員]
背景・目的

フキは北海道から九州の山野に自生するキク科の多年性草本植物で、重要な食物として位置づけられている。フキには、易変色成分として、フキノール酸およびフキ酸(フキ酸類)が含まれる。植物起源のカテキン、カフェオイルキナ酸などのフェノール性物質が、酸化的細胞傷害を抑制することが報告されているが、構造的にも化学的にもこれらの物質に類似するフキ酸類にも同様な活性が期待される。将来的な北海道独自のフキの育種を行う基盤的技術の確立を目指すことを目的に、フキ酸の生合成経路の解明と、フキ酸の利用・応用を検討した。

内容・方法

・フキ酸の生合成経路の解明
安定同位体標識した生合成前駆体を、組織培養したフキに投与し、フキ酸の標識位置からその生合成経路を明らかにする。
・栽培フキからのフキ酸類の効率的生産条件の検討
栽培品種のフキ酸類の含有量についての調査を行う。フキ酸類の含有量の高い品種について、収穫後除去した葉部からのフキ酸類の抽出、精製工程を確立させる。
・フキ酸類の生理活性の評価
フキ酸類に期待される生理活性について検討する。
・フキ酸含有量とフキの品質との関連
複数のフキの品種について、外観、日持ち、運搬・保蔵時の扱いやすさ、食味等によって評価した品質と、フキ酸含有量との関係を明らかにする。
・フキ酸を分子マーカーとした優良品種の選抜技術の確立
フキ酸の生合成能を指標にして、交配、細胞融合によるフキ優良株の選抜を行う。

結果・成果

フキに含まれるフキノール酸とクロロゲン酸、ジカフェオイルキナ酸の定量分析を行った。栽培したフキでは、葉身にこれら3つの化合物が葉柄の7倍から20倍含まれ、特にフキノール酸が最も多く含まれていた。次に、無菌植物体、根だけを培養した根端培養、葉身から誘導したカルスのクロロゲン酸、フキノール酸、ジカフェオイルキナ酸の含有量を調べた。その結果、葉身から誘導したカルスが、フキノール酸の含有量が相対的に低いのに比べ、他は、フキノール酸、ジカフェオイルキナ酸、クロロゲン酸の順で含有量が高い値を示した。無菌培養した場合でも、葉身に含まれるフキノール酸の量が最も多く、栽培されたフキとも遜色ない値を示した。また、根端培養の根は、こちらの根よりも葉柄に匹敵する値を示した。
フキノール酸の生合成を調べるため、無菌的に生育しているフキを継代時期に、 重水素や13Cで標識した酢酸ナトリウム、フェニルアラ、チロシン、コーヒー酸、グルコースを加えた寒天培地上に根の部分を切除した植物体を植えた。培養後、植物体を回収し、これより分離・精製したフキノール酸のNMR測定を行った。NMRによる標識部位解析から、フキノール酸のコーヒー酸部分は、通常のフェニルプロパノイド経路を経て生合成されるが、フキ酸部分は、フェニルアラニン以降の前駆体が用いられるのではなく、フェニルアラニンの前駆体であるフェニルピルビン酸が直接アセチルCoAと縮合しC6-C5単位が合成されたと考えられた。今後、標識フェニルピルビン酸を投与してこの経路を証明したい。
フキノール酸の植物組織での局在性を調べるため、部位ごとに採取した植物組織に含まれるフキノール酸の含有量を分析した。クロロゲン酸とジカフェオイルキナ酸は、葉身部分に多く、葉身の端に行けばいくほど含有量が高くなった。一方、フキノール酸は、前者ほど葉身と葉柄に差異はなく、葉柄の基部で含有量が高くなっていた。これは、植物組織での[3-13C]フェニルアラニンの取り込み率の違いでも、クロロゲン酸やジカフェオイルキナ酸の取り込み率がフキノール酸のそれに較べ、葉身と葉柄で大きく異なっていることと関連があるように考えられる。すなわち、以上の結果は、フキノール酸と他のフェノール性化合物では、生合成される組織や植物体内での移動機構に違いがあることを示している。
その他、フキノール酸の分離・精製法を確立させた。また、今回、フキノール酸の生理活性について検討は行わなかったが、フキ酸類に関して、抗エストロゲン活性を有することが報告されており、抗酸化活性以外の機能も期待される。さらに、育種選抜過程でのフキノール酸含有量の分析や、従来食材として用いられなかった葉身を食用に供する検討も共同研究者により着手されている。

今後の展開

バレイショでは、含有されるアルカロイドの含有量が低いことを証明して、その品種が優良であることを評価する。このような、作物に特異的に含まれる二次代謝産物の生合成を研究しその代謝の制御を図る場合、育種期間の短縮や遺伝子工学的手法を取り入れた育種技術の利用に役立てることができる。フキ酸に関しても、遺伝子工学的手法を用いた、二次代謝産物の含有量をコントロールした品種育成に結び付けることが可能となると考える。また、食品や食品加工分野での応用の面でも期待される。フキ酸の生理的機能を明らかにすることでフキを機能性食品として評価させること、未利用の材料である葉部の有効利用が可能になる。