拡張性心筋症ハムスターのカルシニューリンおよび遺伝子の解析

三橋 進也[北海道大学遺伝子病制御研究所/非常勤研究員]

背景・目的

心筋症とPP2Bが密接に関係していることが、この何年かで明らかにされたが、詳細はいまだ不明である。最近、申請者は新たにPP2Bの活性測定法を確立し、PP2B活性の動態を調べることができるようになった。また、感度も優れているため微量の試料からも測定できるようになった。一方、新しい心筋症ハムスターJ2N-kと正常コントロールJ2N-nは拡張性の症状を示す。本研究ではハムスターJ2N-kの原因遺伝子を明らかにしたうえで、その病態とPP2Bの関連を調べた。加えて申請者は社会保険中央病院循環器科と共同で、ヒト心筋の生検サンプルのPP2Bおよびその下流遺伝子解析を行えることとなり、10人20サンプルについて測定を行った。

内容・方法

1.  両J2N系統の心筋症原因遺伝子の同定とその意義
δ-SGはジストロフィン結合タンパク質の一つでジストロフィンの機能発現に必須と考えられている。すでに申請者はJ2N-nはδ-SG遺伝子が野生型であるが、J2N-kのそれは欠損していることを見出していた。しかし、遺伝子背景がほぼ等しく、同様の変異遺伝子をもつ心筋症ハムスターBIO14.6と表現型が違うことから、他に原因遺伝子が存在することも考えられた。そこでJ2N-nを掛け合わせF1をつくり、そのF1同士からF2を繁殖させて遺伝型と表現型の違いを調べた。

2.  PP2Bおよびその下流の遺伝子発現の変異の解析
心筋障害は細胞内のCa2+ハンドリング不全に依存するといわれているが、一方ではPP2B活性および酵素タンパク量の変化も多くの研究グループからNature誌等に報告されている。しかし前述のようにPP2B活性および酵素タンパク量の定量結果は信頼性が十分とはいえない。本研究では、拡張性心筋症にもCa2+依存性であるPP2Bが関連すると考え、J2N-kの心臓のPP2B活性をJ2N-nと比較し、また症状の進行による変化を調べた。

3.  FK506投与による症状の変化の観察

4. 生検試料を用いたヒト心筋症におけるPP2B変化の解析

結果・成果

1. 両J2N系統の心筋症原因遺伝子の同定とその意義
120以上のF2を解析したところ、例外なく症状がδ-SG欠損の劣性遺伝形式と一致することを確認した。このことから間違いなくJ2N-kの心筋症はδ-SG欠損のみによって起きていることが明らかとなった。さらに、J2N-kの症状が拡張性心筋症であるかを調べるために、心エコー、組織染色、心電図、心重量および体重などを検討した結果、J2N-kの症状が拡張性心筋症であることを観察した。ヒトの場合ジストロフィンの機能不全によって拡張性心筋症となる。そして全ての系統の心筋症ハムスターのうち拡張性を示すのはJ2N-kのみである。よって本研究において初めて、J2N-kが最もヒト拡張性心筋症に近い動物モデルであること、またδ-SG欠損のみが心筋症ハムスターの疾患の原因となっていることが示された(投稿中)。δ-SG欠損マウスなどジストロフィン結合タンパク質欠損マウスは存在するが、ヒトの症状に最も近いのはJ2N-kである。

2. PP2Bおよびその下流の遺伝子発現の変異
PP2B活性の測定の結果、症状のどの段階においても活性の変化は見られなかった。PP2B活性は細胞内においてはCa2+ハンドリングによっても活性を調節されているので、PP2Bの下流の遺伝子である利尿ホルモンANPおよびBNPの発現の変化を調べた。その結果、疾患の発症前においては変化がなかった。現在、発症による発現の変化を調査中である。

3. FK506投与による症状の変化
PP2B阻害剤FK506が免疫抑制剤であるために、投与後の動物個体の感染には大変な注意が必要と予想された。そこでハムスターの各種の感染状況を調査したところ、残念ながら一部が寄生虫をもっていることが判明した。本研究ではまず、J2N-kおよびJ2N-nをクリーンなSPFグレードにするために帝王切開等によって感染除去を行った。その結果SPF化することができた。今後、投与を予定している。

4. ヒト心筋症におけるPP2B変化
測定の結果、少なくとも十分な検出感度をもって値を測定できることが明らかとなった。同じ患者においても患部と健常部においてPP2Bの動態に変化が見られる可能性も示唆されたが、現在、さらに例数を増やし、患者の症状とあわせて詳細に検討する予定である。主に肥大性心筋症患者の心筋生検試料を中心に、10人20サンプルについて測定を行った。

今後の展開

1. 新たな心筋症治療薬の可能性
1998年、PP2B→NFAT活性化→転写因子GATA-4活性化→心肥大の経路が鮮やかに証明された。さらに拡張性心筋症における病態にも深く関わりを持つことが知られてきている。遺伝子異常による心筋症の治療には、究極的には心移植しかない状況において、心筋症におけるPP2Bの役割を明らかにすることは心筋症の新たな治療法を示唆できるものであろう。

2. 心筋症の発症機構への新たな理解
各種ハムスターおよびいろいろな心筋症患者の心臓における情報伝達の様子が明らかになると、各経路の意義について新たな知見が得られると考えられる。