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芳香環開裂酵素PheBの改良を目指したX線結晶構造解析
杉本 敬祐[旭川工業高等専門学校/講師]
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背景・目的
PCBやダイオキシンなど強い毒性を持つ難分解性芳香族有機化合物の安全かつ効率的な分解処理法として有望視されているのが、微生物を用いた方法(バイオレメディエーション)である。芳香族化合物分解菌の分解代謝経路において、芳香環を開裂する酵素、Extradiol 型芳香環開裂二原子酸素添加酵素は、この代謝経路において、最も重要な酵素である。本研究は、高温菌由来の芳香環開裂二原子酸素添加酵素PheBの立体構造を明らかにし、タンパク質工学の手法を駆使して、高活性で、広い基質特異性を持つ酵素を作成することを目的としている。
内容・方法
BphC、PheB酵素が属するExtradiol 型芳香環開裂二原子酸素添加酵素のグループでは、2種類の基質特異性が知られている。BphC酵素は、2つの芳香環からなる基質とは反応性が高いが、1つの芳香環からなる基質とは反応性が低い。一方PheB酵素は、1つの芳香環からなる基質と反応性が高く、2つの芳香環からなる基質とは反応性が低い。このように、両酵素の基質特異性は、互いに異なっている。これら両者の基質特異性を立体構造の観点から明らかにすることは、両者の特性をかね合わせた酵素を作り上げるために必要である。
更にPheB酵素は、高温菌(Bacillus stearothermophilus)由来の酵素であり、高温条件でも非常に安定である。よって、BphC酵素の基質特異性をPheB酵素に付与することが出来れば、さらに強力な酵素を作り上げることが可能である。
〈研究方法〉
PheB酵素の立体構造解析は、X線結晶構造解析の手法を用いて解明した。また、基質-PheB酵素複合体構造も明らかにした。
コンピュータグラフィック上で、BphC, PheB酵素の基質非結合型、基質結合型の立体構造を詳細に比較、解析した後、酵素活性のデータと立体構造情報を組み合わせることで、基質特異性に関与するアミノ酸残基を推測した。
結果・成果
PheB酵素の精製条件及び、結晶化条件を新たに決定した。X線回折強度データ(2.8_分解能)を測定後、分子置換法により、PheB酵素の立体構造を解析することに成功した(R =18.8%,R free=26.4%)。更に基質複合体の立体構造解析も行なった(R =22.2%,R free=30.69%)。
PheB酵素の全体構造は、同一サブユニット(35kDa)からなる四量体構造(140kDa)であった。一方、BphC酵素は、同一サブユニットからなる八量体構造である。PheB酵素のサブユニット構造は、BphC酵素と類似した2つのドメインから構成し、N末端側ドメインとC末端側ドメインは、それぞれβαβββモチーフが2回繰り返した構造であった。BphC、PheB両酵素のサブユニット構造を比較すると、一部分の構造を除いて類似していた。
PheB酵素の活性中心は、BphC酵素と同様にC末端側ドメインに存在し、鉄イオンにHis(149)、His(211)とGlu(262)が配位していた。さらに基質複合体構造から、鉄イオンの空の配位サイトにカテコールの2つの水酸基が配位結合することが明らかになった。更に基質特異性の違いを明らかにするために、BphCとPheB酵素の活性中心構造を比較した。その結果、鉄イオンを中心とした配位構造は、非常に類似していたが、基質分子の周りの構造において、非常に興味ある違いが見られた。
基質特異性に関与するアミノ酸残基
BphC、PheB酵素の活性中心には、最も反応しやすい基質分子と相補的な基質ポケットが存在していた。つまり、BphC酵素の基質ポケットは、2つの芳香環からなる基質分子と相補的であり、PheB酵素の基質ポケットは、カテコール分子と相補的であった。このことから、反応しやすい基質分子と相補的な形をもつ基質ポケットは、基質と酵素の結合を安定化させると考えられる。
BphC酵素-カテコール複合体構造では、基質ポケットがカテコールよりも大きいため、ベンゼン環一個の空間が生じていた。一方、PheB酵素とカテコールとの基質複合体構造では、C末端側領域にあるフェニルアラニン(299)が、カテコールと基質ポケットの隙間を埋めるような位置に存在していた。また、このフェニルアラニン(299)は、カテコールと反応性の高いグループ内で、ほぼ完全に保存しているアミノ酸残基であることから、フェニルアラニン(299)は、カテコールを効率良く分解するために重要なアミノ酸であると思われる。
酵素活性に関わるアミノ酸の同定
分光学の研究から提唱されているExtradiol 型芳香環開裂二原子酸素添加酵素の反応機構では、基質分子の脱プロトン化されていない水酸基の水素原子を引き抜く塩基が必要とされている。類縁酵素間で完全に保存しているヒスチジン(197)は、基質分子の水酸基と水素結合できる距離にあり、分光学から提唱されている塩基であると考えた。このヒスチジン(197)を他のアミノ酸に置換した変異体PheB酵素の酵素活性は、全く無いことから、ヒスチジン(197)は、分光学から提唱されている塩基に相当するものであると考えられる。
今後の展開
本研究で得られた結果は、基質特異性の広い酵素を作る際の基本的なデータとなる。今後、たくさんの変異体酵素を作成し、酵素活性に関与するアミノ酸残基を詳細に明らかにしていく。この結果を応用することで、カテコールだけでなく、2つの芳香環からなる基質など、幅広い芳香族有機化合物に対して活性を有する変異PheB酵素を作り上げることが可能となる。更に、酵素改良のターゲットとなるPheB酵素は、高温中でも安定な酵素であるため、非常に強力な酵素を作り上げることになる。
この改良した酵素の遺伝子を再び、微生物に組み込むことによって、酵素だけでなく、微生物の分解代謝能力を高めることが可能であろう。このようなスーパー微生物が出来上がれば、環境中に多く残されている有毒物質PCBなどを安全に分解することができるため、工業的行われようとしているバイオレメディエーションにとって大きな進歩となる。
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