北極振動が日本の気候にもたらす影響の解明

見延 庄士郎[北海道大学大学院理学研究科/助教授]

背景・目的

2000/2001年の北海道の冬は、ここ数年では例外的な寒い冬であった。この原因は、近年世界的に注目されている北極振動であったと考えられている。しかし、北極振動とわが国の気候変動とが、どのように関連しているのかを正確に理解するためには、気温についても従来以上に詳細な解析が必要であるし、降水量変動についてはいまだ解析がなされていない。そこで本研究では、北極振動が季節と時間スケールに応じて、どのような影響を全球および日本付近の表面温度と降水量に与えるのかをデータ解析によって明らかにした。

内容・方法

解析に用いるデータは、北極振動指数、表面温度(陸上では地上気温・海上では海洋表面水温)、降水量データである。北極振動指数はその提唱者であるD. Thompson より提供されており、1958年から現在までの北極振動指数は欠測のないNCEP/NCAR再解析データで、それ以前の1899年から1958年までの北極振動指数は欠測を含むNCARの海面気圧データを用いて計算されている。
北極振動が季節毎にどのような時間変動スケールを持つかを調べるために、1899年から2001年までの北極振動指数についてウェーブレット解析を行なった。さらに、北極振動の気温と降水量への影響を、北極振動と表面温度(あるいは陸上気温)と降水量それぞれとの相関係数を計算して評価した。この計算では、30年のハイパスフィルター、7年のハイパスフィルター、7〜15年のバンドパスフィルターのいずれかを適用し、信頼性の高い1958以降のデータを用いて季節ごとに求めた。

結果・成果

ウェーブレット解析では、冬によく知られている北極振動の準十年変動のほかに、20年変動、さらに70〜100年程度の時間スケールを持つ変動が見られた。おそらく70〜100年変動は、北大西洋を中心とする数十年変動(Kushnir 1994, Schlesinger, and Ramankutty 1994)が反映されているのであろう。数十年変動は興味深いことに、夏・秋には冬よりもより短期の50-70年の振動周期を示している。この変動は、北太平洋の50-70年変動(Minobe 1997, 1999, 2000)と同じ時間スケールであり、両者になんらかの関係が存在することが示唆される。北極振動指数に20年変動が見られることは、北太平洋を中心とする20年変動の構造が20世紀の終わりには北極振動と類似のパターンとなっていること(Minobe 2002)と整合的である。春には、数十年変動は見られず、20世紀後半に20年変動が明瞭である。20年変動が北太平洋の気圧では冬にしか見られないにもかかわらず(Minobe 1999, 2000)、北極振動では春にも見られることは興味深い。また、20世紀の始めには、10年変動が冬には有意ではないにもかかわらず春には有意である。
相関解析では、北大西洋振動指数と全球の表面温度・降水量との相関および、日本付近の地上気温・降水量との相関を求めた。この要約では紙数の制限から、日本付近について述べる。日本の地上気温および降水量は、北極振動と有意な相関を示し、かつその相関は季節および時間スケールの依存性を持つことが示された。例えば、北日本の冬季の気温変動は北極振動の十年スケール成分(7年<周期<15年)と統計的にも有意な高い相関を持つが、経年変動成分(周期<7年)とは低い相関しか持たない。また、北日本の降水量は逆に経年変動において、北極振動と高い相関を持つ。また春の沖縄の降水の経年変動成分が、北極振動に強く影響されていることが見出された。
上のような北極振動と地上気温および降水量との統計的に有意な関係から、1季節前の北極振動指数を用いて、次の季節の地上気温および降水量の経年変動成分の予測を試みた。その結果冬季の北日本の気温・降水が共に、統計的に有意な予測スキルを示した。この結果は、北極振動指数を考慮して予測を行なうことで、わが国の気候変動の予測スキルを向上させる余地があることを強く示唆している。

今後の展開

本研究の結果は、いくつかの点で、新たな研究に道を開くであろう。たとえば、北日本の冬の気温と北極振動との相関は、経年変動成分には顕著ではなく、十年変動において卓越しているという事実は、物理的にどのように説明できるのかは興味深い課題である。また、予測については、今後より本格的な予測研究によって、例えば2000/2001年の寒い冬は予測可能であったのかどうかが明らかになり、わが国の気候変動の予測可能性とさらには予測自体の精度が向上することが期待される。