サケ科魚類の排卵雌尿中にある雄を誘引する性フェロモンの精製

山家 秀信[北海道大学大学院水産科学研究科/博士課程]

背景・目的

サケ科魚類における性フェロモンは、排卵メスの尿中に存在することがわかってきた。性フェロモンのうち、内分泌に影響するプライマーフェロモンは、ホルモン様生理活性物質であるらしい。一方、行動を誘起するリリーサーフェロモンに関しては不明な点が多い。これまでサクラマスを主な材料として、メス尿中のリリーサーフェロモンに関する研究を行い、2つのリリーサーフェロモン(雄誘引物質と雄興奮物質のF型プロスタグランジン)を見出す仮説を示した。現在、雄誘引物質を同定し上述した2成分仮説を実証することを目的として研究を進めている。

内容・方法

採尿カテーテルはシリコンチューブとピペットチップから作成された。カテーテル先端を泌尿生殖孔から膀胱へ挿入後、3つのヒレにチューブを固定し、畜養タンク内の篭の中で数日間採尿した。カテーテル装着後、最初の1時間の尿は、泌尿生殖孔通過時の体腔液による汚染を防ぐため廃棄した。
行動実験は長さ290cm幅33cmのY字型水路を用いて行われた。実験手順は、尾叉長約20cmの供試魚2尾を下流区に入れ15分間馴致させ、試料(実験サンプル溶液とコントロール溶液)を上流区から滴下し、12秒後中央部ゲートを上げて2尾合わせた上流区への移動回数を6又は3分間記録した。一度の実験終了後、左右の滴下位置を交換し再度順応時間を設け再スタートした。2度の観察終了後、水路内を全換水し供試魚を交代した。これを1サンプルにつき合計10回以上繰り返した。観察時間内における両上流区への移動回数は統計ソフトにより解析され有意水準は5%とした。

結果・成果

(1) 魚類における天然雄性ステロイドの11ケト-テストテロン(11-KT)を既に確立されたメチルテストステロン(MT)投与実験と同様の期間(4週間)と濃度(10ppm)で未成熟オスに投与後、排卵メス尿に対する行動実験を行った。11-KTを投与した未成熟オスは、排卵メス尿へ誘引される傾向は見られたものの、MT投与未成熟オスを用いた実験と異なり統計的に有意に選択しなかった。
(2) これまで、排卵メス尿中にある分子量10,000以下のエーテル用性塩基性画分に雄誘因効果があると判断されている。そこで、2種の限外濾過膜(分画分子量10,000と5,000)によって原尿から推定分子量5,000−10,000の画分を分取した。MT投与魚は、推定分子量5,000−10,000の画分を滴下した実験区へ有意に多く移動した。その画分のエーテル塩基性下抽出画分もMT投与魚を誘引した。しかし、同試料液に対する早熟オスの行動は有意差には至らなかった(P=0.052)。また、限外濾過による推定分子量5,000−10,000の画分をゲル濾過に供した。得られた画分を3つのグループに分けてMT投与魚による誘引活性試験を行ったところ、推定分子量の最も小さいグループに誘引効果が認められた。ゲル濾過マーカーからそのグループは分子量2,000以下と推測され限外濾過による結果と矛盾した。この問題は、誘引物質の3次構造やゲルへの吸着特性に帰因するものと考えられる。
原尿試験の際の40倍の尿量から作成したエーテル溶性塩基性画分におけるアミノ酸分析を行ったところ、6種類の一般的なアミノ酸が検出された。エーテル画分中に検出されたアミノ酸濃度は、尿中でいずれも約1×10-8M、Y字型水路の下流区では約1×10-14Mと計算され、他種における既報の嗅覚応答閾値に満たなかった。検出されたアミノ酸のエーテル画分中混合比を反映したアミノ酸混合溶液に対する早熟オスの行動をY字水路中で観察したが誘引効果は認められなかった。
(3) エストラジオール-17β(E2)投与魚と対照魚それぞれ3個体を水路上流の左右区画に設置したカゴの中に匂い源として収納し、MT投与魚の行動を観察した。MT投与魚は、E2投与スモルトを収納した区画へ有意に多く移動した。一方、両区とも対照スモルトを収納した実験では有意差は認められなかった。したがって、E2を投与した未成熟スモルトは、リリーサーフェロモンを分泌し、MTを投与した未成熟魚を誘引することを示唆した。しかし本実験から、雄誘引物質としてのエーテル塩基性下抽出画分と同一物質かどうかは結論できなかった。

今後の展開

簡便な誘引行動試験方法を開発することが必要と思われるが、併行して次の実験を行う予定である。
(1) 各種クロマトカラムを用いて活性画分を分取し、行動試験で誘引活性の判定を行う。
(2) 排卵メス尿に対するMT投与個体の行動を観察後、血中ホルモンを定量することで、フェロモン受容に関わる内分泌条件を調査する。
(3) サケ科魚類数種における尿中の5種類のPGFsを定量し種間のPGFs混合比の違いを調べ、混合PGFsに対する各種試験魚の遊泳活性の変化を観察する。
(4) サケ科魚類を対象とした誘引トラップを流水池に試作する。