魚卵アレルギー原因物質の特定と低アレルゲン化の検討

久保 友和[北海道大学大学院水産科学研究科/技術官]

背景・目的

現在、鶏卵、牛乳などによる食品アレルギーが大きな社会問題となっている。さらに北海道では多種多様な水産物を漁獲・消費しているために、魚卵による食品アレルギーが問題となっている。食品アレルギーの問題を解決するためには、まずアレルゲンとなる物質を特定する必要がある。しかしながら、北海道の重要な水産加工品であるイクラやタラコ等の魚卵に含まれるアレルゲンに関する報告はこれまでにない。そこで本研究では、魚卵アレルギー患者の食事療法および低アレルゲン化製品の開発に必要な情報であるアレルギー原因物質の特定を試みた。

内容・方法

食品アレルギーは、IgEが関与する?型アレルギーに分類される。そこで本研究では、シロサケ卵の主要タンパク質と魚卵アレルギー患者血清中のIgEとの反応性を酵素標識抗体法(ELISA)によって調査してアレルゲンの特定を試みた。
(1) 魚卵タンパク質の精製
新鮮なシロサケ卵に0.5M NaCl-20mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)を加えて卵黄を抽出し、水沈殿法によってリポビテリン-β'-コンポーネント-ホスビチン複合体(Lv-β'-Pv)を得た。さらに硫安分画法およびゲルろ過クロマトグラフィーによってリポビテリン(Lv)、β'-コンポーネント(β')、ホスビチン(Pv)をそれぞれ精製した。
(2) ELISA
ELISAは抗原に魚卵タンパク質溶液、一次抗体に魚卵アレルギー患者血清(19名,1-26歳)、二次抗体にペルオキシダーゼ修飾抗ヒトIgE、基質にo-フェニレンジアミン-過酸化水素を用いておこなった。

結果・成果

(1) Lv-β'-Pvのアレルゲン性
8名の健常者血清を用いた場合、Lv-β'-Pvに対する反応は認められなかった。これに対して魚卵アレルギー患者血清を用いた場合、血清濃度に依存した反応が認められた。さらに19名中9名の魚卵アレルギー患者血清とLv-β'-Pvとの間に明瞭な反応が認められた。これらの結果は、シロサケ卵のLv-β'-Pvと魚卵アレルギー患者血清中にIgEが特異的に反応したことを示している。つまり、シロサケ卵のLv-β'-Pvにアレルゲンが含まれていることを示唆している。
(2) Lv,β',Pvの精製
精製したLv,β',PvのSDS-PAGE分析をおこなった。Lvでは90kDaと25kDAにバンドが認められた。またβ'では19kDaと17kDaにバンドが認められた。さらにPvでは14kDa以下にバンドが認められた。次にこれらのバンドを同定するために、ウサギで作製した抗Lv血清および抗β'血清を用いたウエスタンブロティングをおこなった。抗Lv血清を用いたウエスタンブロティングではLvの90kDaと25kDaのバンドが認識されたが、β'とPvのバンドは認識されなかった。一方、抗β'血清を用いたウエスタンブロティングではβ'の19kDaと17kDaのバンドが認識されたが、LvとPvのバンドは認識されなかった。これらの結果から、Lvとβ'の精製を確認した。また、ゲルろ過の際にリン酸のピークは認められたが、波長280nmの吸収が認められないこと、およびSDS-PAGE分析の際にCBBに染色性を示さないことからPvであることを確認した。
(3) Lv,β',Pvのアレルゲン性
8名の健常者血清を用いた場合、精製したLv,β',Pvのいずれに対しても反応は認められなかった。これに対して魚卵アレルギー患者血清を用いた場合、LvとPvとの間に反応は認められなかったが、β'に対しては抗原濃度に依存した反応が認められた。さらに、19名すべての魚卵アレルギー患者血清とLvおよびPvとの間に反応は認められなかったが、19名中12名の魚卵アレルギー患者血清とβ'との間に反応が認められた。これらの結果は、19名中12名の魚卵アレルギー患者血清中のIgEとシロサケ卵のβ'が特異的に反応したことを示している。
さらに魚卵アレルギー患者血清中のIgEとシロサケ卵のβ'との反応を確認するためにCompetitive-ELISAをおこなった。β'と魚卵アレルギー患者血清中のIgEとの反応が、血清と阻害剤β'とのプレインキュベーションにより阻害されることを確認した。さらに阻害剤β'濃度が10μg/mlの時、阻害率は93.0%−96.5%に達した。
以上の結果から、β'がシロサケ卵に含まれるアレルゲンの一つであることが強く示唆された。

今後の展開

本研究によってβ'がアレルゲンの一つであることが示唆されたが、β'との間に反応が認められない魚卵アレルギー患者血清も存在した。そのために未検討の水溶性・不溶性画分のアレルゲン性も調査する必要がある。さらに本研究で達成できなかった低アレルゲン化に関する検討もおこなう必要がある。また魚卵アレルギー患者の食事療法で重要となる他の食品との交差性を調査する必要がある。さらに不飽和脂肪酸含量の多い魚卵の加工および貯蔵過程でのアレルゲン性の変化についても検討をおこなう必要があると考えている。