稀少野生植物の施設内保存法確立のための基礎的研究

秋本 正博[帯広畜産大学畜産学部/助手]

背景・目的

極東地域に分布するマメ科ゲンゲ属の多年生草本であるカラフトモメンヅル(Astragalus schelichovii)は、栽培ゲンゲ、特に採草用牧草としての利用価値が高いムラサキモメンヅルの育種における重要な遺伝子供給源として期待されている。一方、この植物種は現在絶滅が危惧されており、早急な保存や保護の必要性が唱えられている。効果的な保存や保護を行うためには、対象とする植物集団の生態的特性や遺伝構造についての基礎情報が必要である。そこで、本研究ではカラフトモメンヅルの生態的特性や集団構造の解明を目的とした。

内容・方法

十勝支庁音更川流域に存在するカラフトモメンヅル集団は、地形的に隔離された5つの分集団より形成されている。この集団内に合計30個の方形区を設置し、2000年5月20日、10月19日、および2001年6月2日の3回にわたり個体数の計測を行った。そして、その間に生じた個体の数変動を調査した。各分集団内の開花個体にナイロンメッシュの袋を掛け、花粉媒介昆虫の訪花を防ぐことで自殖を行わせた。そして、袋を掛けずに自然交雑を行わせた個体と自殖を行わせた個体の種子生産性や生産された種子の形状を比較した。集団内に存在する261個体の葉より粗蛋白質を抽出し、7酵素12遺伝子座におけるアロザイムの多型性を調査した。得られた結果より個体の遺伝子型を同定し、各分集団における遺伝子多様度や近交係数を計算した。また、対照種として、富士山、岩手県岩泉町、渡島大島、および後志支庁大平山の集団より採集された野生型ムラサキモメンヅルについても、種子生産性試験とアロザイム多型性の調査を行った。

結果・成果

2000年5月20日当時に観察されたカラフトモメンヅルは方形区あたり5.6個体であった。その後、2000年10月19日には方形区あたり4.9個体となり12.8%の個体数減少が認められた。いっぽう、2000年10月19日から2001年6月2日までの間では、方形区あたり0.6個体の増加が認められた。調査を行った約1年の間に全方形区では45個体の新生個体が出現し、それとほぼ同数の個体が死亡していた。このことは、音更川流域のカラフトモメンヅル集団では年間に集団の約32%の個体が世代更新を行っていることを示している。方形区が設置されていない人的攪乱の激しい場所では、埋立てなどにより多数の個体が消失していた。
一般に、ゲンゲ属植物は他殖性で自殖能力は低いとされる。ムラサキモメンヅルは人為的に自殖させることで種子生産性が著しく低下する傾向を示した。いっぽう、カラフトモメンヅルでは、自殖を行った場合の種子生産性が自由交雑を行った場合と同等で、ムラサキモメンヅルに比べ自殖による繁殖能力が高いことを示した。
アロザイムの多型性調査の結果から遺伝子多様度を計算したところ、カラフトモメンヅルの分集団では0.00〜0.13の値を、ムラサキモメンヅルの集団では0.053〜0.172の値を示した。音更川流域のカラフトモメンヅル集団は、ムラサキモメンヅルの集団と比べ極めて遺伝的な多様性に乏しいことが分かった。これは、カラフトモメンヅル集団で生じている個体数の減少と頻繁な世代交代に伴うビン首効果の影響が強いと考えられる。また、このカラフトモメンヅル集団では、近親交配の程度を表す近交係数が1.00、他殖率の近似値である非近親交配率が0.00という値を示し、集団内に強い近親交配が生じていることを示唆していた。集団内にヘテロ接合性を示す個体が存在しなかったことや、種子生産性試験の結果から、カラフトモメンヅルが自殖を行っている可能性も示唆される。集団内の近親交配化が個体数が減少した集団内でさらに遺伝的浮動を高め、遺伝的な単型化を促進する原因になっていると推測される。ただし、この交雑特性がカラフトモメンヅル種内に普遍的に認められるものなのか、あるいは強い攪乱下に適応するために音更川流域で特異的に分化したものなのかは今のところ定かでない。

今後の展開

植物遺伝資源の保存を行うためには、対象とする種の遺伝的多様性を反映できる有効数以上の個体を確保することが必要となる。本研究で行ったアイソザイム分析では、カラフトモメンヅル集団中に多くの多型を検出できず、集団の有効個体数を正確に算出するための十分な情報量が得られなかった。今後はマイクロサテライトマーカーやSSRマーカーなどのDNAマーカーの開発を進めながら、より詳細な集団の遺伝的構造の解析を行っていく予定である。そして、年次間における集団の遺伝的構造の変動を解析し、個体数の年次間変動に関するデータと照らし合わせることでカラフトモメンヅル集団における有効個体数の算出を試みていく予定である。